[うつつの螺旋]



◆J.GARDEN35新刊
R-18
表紙オンデマンド/32P/300円
「お前は生まれたときからから一緒にいる兄より、就職して出会って一年くらいしか経ってない素性も知れない男のことを信じるんだな?」「ごめんなさい」こんな感じの弟兄。
表紙をnkoさんに描いていただきました


 相馬涼太の朝は早い。平日は電車で四十分の会社に向かうその二時間前には目覚め、リビングダイニングのカーテンを開いたらまず一番にコーヒー豆を挽く。コーヒーメーカーにそれをセットし、お湯を注いでから顔を洗いに行き、歯を磨く。
 そしてキッチンに移動して朝食の準備をする。大抵はバケットを切り、サラダとハムエッグを作るという程度の簡単なものだ。ただ、涼太はあまり器用ではない。なので作るのにどうしても時間がかかってしまう。だから、こんなに早く起きなければいけなかった。
 四苦八苦して朝食が出来たら、あつあつよりも少しだけ温度が低い状態のコーヒーを二つのマグに注いで、その内の一つを持って一番奥の部屋へ向かう。ノックひとつで扉を開ければ、斜め前に見えるシングルベッドはこんもりと布団が盛り上がっている。
「兄さん、朝だよ」
 声をかけるが反応はない。それはいつものことなので、涼太はそのままベッドの方へと歩いていく。男一人が眠っているため余分なスペースが少ない枕元に腰を下ろし、頭まで被っている布団をめくり上げる。扉から入ってきている光が眩しいのか男は唸り声を上げてうつ伏せに寝返りを打った。さらさらと指通りのよさそうな髪が枕の上に落ち、涼太はそれに無意識に触れながら、兄の頭を無理やり上向ける。
「んん……なんだぁ……」
「ほら、コーヒー。まだちょっと熱いよ」
 持っていたマグを兄の口元へ持っていけば、唸り声を上げつつも芳しい香りに意識が引きつけられたようだ。男にしては驚くほどに赤い唇がうっすらと開く。中にある舌も、ものすごく赤いことを涼太は知っている。しかし薄暗い部屋の中ではそれは見えなかった。ほんの少し残念に思いながら手ずからコーヒーを飲ませてやる。昨日の夜は遅くまで仕事をしていたのか、覚醒レベルはかなり低いようだ。わざわざ涼太の手からコーヒーを飲む時はいつもそうなのだ。そして、そういう日は朝からとても機嫌が悪い。ゆっくりすぎる速度で減っていくコーヒーの中身をチェックする。まだ熱いせいかぜんぜん進まない。涼太はここで一番時間食うんだよなぁ、と考えながらも放り出すことも出来ずに、枕元に座ったままだ。
「兄さん、朝食できてるけど……」
「うっせぇ」
「ちゃんと食べないとだめだよ」
 コーヒーを半分ほど飲んだのを確認したところでマグを引き上げ、脇の下を掴んでずるずるとベッドから引きずり出す。身長が百八十センチほどあり体育会系の筋肉を持ち合わせた涼太と違い、見た目からして細身で身長も百七十センチないくらいの兄は、簡単に涼太の手によってフローリングにべたりと足をついた。兄は、涼太の体にだらりと背をつけている格好で抵抗もしない。きっとまだ半分は夢の世界にいるのだろう。そのまま軽い体を引きずってリビングダイニングへ戻る。
 カーテンを全開にした東向きのベランダの大窓からは、燦々と朝日が降り注いでいる。さすがに眩しくて目を覚ましたらしい兄は、目元を手の甲でごしごしとこすっている。目が悪くなるよ、とその手をやめさせると不満げな声が聞こえてくる。
「お前、ちょっとは黙れねーのか」
「一日中パソコンの前で目を酷使する仕事なのに、大事にしないとダメでしょ?」
 そう言うとチッと舌打ちをして、ようやく兄は涼太の腕の中から逃れて立ち上がった。あくびをしながら洗面台に向かう。涼太は兄の部屋に残したままだったマグを回収し、中身を補充してから椅子につく。程なく戻ってきた兄と一緒に、ようやく朝食の時間だ。この段階で起きてから五十分ほどは経っている。少し慌しく朝食を食べ始める涼太に対して、兄はだらしなく椅子の上に右足の裏を乗せて、左手でコーヒーを飲んでいる。目の前のそんな光景をもう何年も毎日見ているから、もう何も言わない。だが兄は、涼太の食事のマナーにはうるさかったりする。足を椅子に立てようものならきっと嗜める鋭い声か、フォークが飛んでくる。
「四十点」
「えぇー」