[コンビニエンスダーリン]



◆J.GARDEN36新刊
R-18
表紙オンデマンド/32P/300円
「俺があなたのお世話をしますから。これからも、ずっと」「へぇ。まぁ、したいならすれば?」大学生×リーマン。ものぐさリーマンを懇切丁寧にお世話焼いて絆させる話。
表紙をあやきさんに描いていただきました


 青柳裕一のここ数日の日課は、仕事帰りにコンビニに寄ることだ。長かったと感じる冬が鳴りを潜め、すっかりスーツ一枚で平気になった帰り道を少し早足で歩く。駅から自宅マンションへの通り道には、桜並木がずっと続いている。数日前から一斉に開花したそれは、強い風が吹く度に花弁が舞い落ちてくる。それを少し煩わしいと思う裕一は、スーツに花びらが乗らないようにほぼ毎日その道を急ぐのだった。
「いらっしゃいませ」
 耳に馴染んでしまった開閉音と店内BGM、そしていらっしゃいませという言葉。自宅マンションの一階にあるコンビニへ入り、裕一は一息つく。入り口に置いてあるカゴを掴み、まっすぐ進んで店の奥へ。弁当コーナーへたどり着くが、裕一が帰宅する時間にはあまり選ぶ猶予がない。今日も炒飯か海苔弁当、そして明太子パスタの三択だった。一瞬悩んで海苔弁当を手に取る。更に奥へ進み、右に曲がってペットボトルの水を取り出し、気が向いたので雑誌コーナーを冷やかす。するとそこには入荷作業のための棚開けをしているコンビニ店長の姿があった。
「あ、いらっしゃいませ青柳さん」
「伊澤さん。こんばんは」
「今日も遅いですねえ。お仕事お疲れさまです」
 五十代くらいの男が裕一のことを知っていて、なおかつ親しげに話しかけてくるのは、毎日コンビニへ来店しているからではない。このマンションの大家も兼ねているので、何かと話す機会が多いからだ。黄緑色のシャツに黒いズボンという制服を着て腰を曲げて作業する姿は中々大変そうに見える。
「そちらこそ、こんな時間まで。いつもはバイトの子に任せてますよね?」
「ああ、いつもはそうなんですけどねえ。今日は新しいバイトの子が入ったので」
「へえ」
「でも、凄くデキる子で、今日の夕方に入ったばっかなのにもう今日は教えることなくなっちゃって」
 ちらりとレジの方に視線を飛ばしながら大家は言う。裕一はそれに釣られるようにそちらに視線を向けた。レジには確かに見知らぬ男がいた。入店時にいらっしゃいませと声をかけられているはずだが、完全に聞き流していて気づかなかった。よくよく思い出してみると確かにいつもは女性店員の高い声だったような気もする。しかし今レジの中にいるのは男だ。それも、随分と大きく、ガタイの良さそうな風貌だった。遠目で見ても裕一より背が高いことが伺える。
 線が細く、鍛えても筋肉があまりつかないことが密かなコンプレックスである裕一にとって、その恵まれた体型が羨ましい。そう思ってしまうのが何だか癪で、裕一はその男から早々に視線を外した。
「何でも彼、国立大らしくて」
 BGMでかき消されそうな音量で伝えられた情報に目を見開く。この辺にある国立大と言えば、正式名称を言うまでもなく赤い門があるあそこのことだろう。
「え、そうなんですか。それなら塾講師とか家庭教師で引く手あまたなんじゃ……」
 実際国立大になんて到底及ばない偏差値の私立大学を卒業した裕一ですら大学の頃のバイトは家庭教師を選択できた。国立大なんて実際ビギナーズラックで合格していたとしてもそこに所属しているとうネームバリューだけで、時給の高いアルバイトが選び放題なのではないだろうか。それなのに、バイト募集に張り紙を使うような、言っては悪いが小さな個人経営のコンビニを選択する理由が理解できない。
「そうだよねえ。だから面接で履歴書見たときに目を疑って思わず『え、いいのかい?』なんて聞いちゃったよ、はは」