[Love blindly]



◆J.GARDEN39新刊
R-18
コピー本/32P/300円
キングと呼ばれるSが初めて入れ込んだのは、愛されることを知らない子供のような青年。M奴隷に調教する傍ら、甘い生活にのめり込んでいく


 休日の夜、街は騒がしい。それは、麻生十番の深部にある、とある店でも同じだった。
 ギギ、と重い音がして扉が開く。店の『裏側』と表のバーを繋ぐアーチ扉。薄暗い店内にいるのは二人。準備前の『裏側』の喧騒とは打って変わって、開店前のここはとても静かだ。
 仕立てた濃い色のスーツに身を包み、胸ポケットにはサングラス。いかにも体育会系の黒い短髪に、強面と言われる顔や百八十を越す身長のお陰で、十倉は真っ当な仕事についている人間にはまず見られない。実際はただの店舗経営者なのだが――とはいえ、作った店にはいくつもの秘密があり、ごく普通の勤め人から見れば、十分真っ当ではないのかもしれない。
「あら、今日は『買い付け』だったかしら、キング?」
 店の名前で呼ばれるのは今でもどこかこそばゆい。少し浮かんだ違和感を押しつぶしながらバーカウンターの前に立つ。スツールに腰掛けているのは長身の美人――百八十を超えた身長に、無駄のない筋肉に覆われた体格。髪は黒く長いウィッグ、スレンダーなドレスは、今日はチャイナ風だった。派手な赤色の衣装と合わせたメイクに毒々しい赤色のリップ。だが、それが妙に似合っている、男の姿で女の内面を持ち、更に男の性も持ち合わせている――そんな複雑怪奇な人。店ではクイーンと呼ばれる、文字通り女王のような友人であり同僚だ。
「何か希望はあるか?」
 隣のスツールに腰掛けると、何も言わなくてもカップが用意される。ウィスキーが入ったアイリッシュ・コーヒー。それを差し出した屈強なバーテンダーは、自分よりも体格が良くどっしりとしている。視線を送らせると一瞬目が合うが、開店準備中だからか会釈に留められた。クイーンの相手をしてくれということかと察しつつ、隣でシャンパンを飲んでいる同級生を眺める。付け睫毛から指先のネイルまで丁寧に作られた美貌は、賞賛に値すると十倉は思う。
「やっぱりかわいこちゃんは欲しいわよねぇ、最近キヨちゃんあまり来ないし」
「アイツは新しい男と順調のようだな」
 特殊な性癖を持つ後輩であり、この店での大事なキャストである青年を思い浮かべる。彼はマゾヒストという性癖を持ち、鬱屈とした感情をこの店で奴隷として扱われることで解放していた。だが、最近ごく普通の性癖を持つ後輩と恋愛関係になり、店の方は恋人に操を立てるということで出勤していない。
「だから、新しい子が欲しいわよねぇ。最近は素直な子が少ないし……やっぱり、この業界長くいると変にこなれちゃうのかしら。随分と、そういう子は減ったわ」
「そうかもしれないな。擦れてない……となると、一から調教する手間があるが」
「そんなの、あなた大好きでしょう。キヨちゃんだってあんなに丁寧に開発してあげて……お陰で、パートナー探すつもりもなく、この店で一夜のセッションばっかり。あ、でも新しい男ができたんだったわね。それなら、よかったのかしら?」
「あいつはそういうのとは少し違うが……まぁいい」
 後輩が持つ特殊な生い立ちのことをクイーンはあまり詳しく知らない。同窓生ではあるのだが、高校時代に彼らは親密な交流はなかった。十倉がキヨを見出し、声をかけて奥に潜んでいたものを引きずり出した。時折店のキャストに勘繰られることもあったが、全て否定している。キヨには愛情とは違うが特別な情を抱いてはいる。けれど、あくまで可愛い後輩だった。
「もう行くの? 可愛い奴隷候補、期待しているわよ。お部屋を用意して待っているわ」
 立ち上がり、背中を向けたところに声をかけられた。振り返ると、投げキッスを振舞われる。片手を挙げて返事をし、十倉は店を後にした。