[Subordination]



◆J.GARDEN40新刊
R-18
コピー本/32P/300円
彼に閉じ込められ、快楽と言葉の暴力に屈服される日々。心の弱みを抉られ、けれど許しを与えるのもまた彼だけだった。M男×S調教師


 夜の街はどこも煌びやかだ。暗いベールの上を瞬かせる星が無数にあって、本当の闇を覆い隠している。
 麻布十番にある、小さな店。路地裏の見つけづらい階段、入り口の屈強な男、そのふたつをクリアし、中に入ると――待っているのは隠れ家的バー、通称『十六夜』
(そんな謳い文句で雑誌に載っていたり――はしない)
 アンティークのテーブルや椅子、ベルベットの絨毯などはそういうコンセプト的な店と大して差異はない。とはいえ、あの手の店で使われている鍍金とは違い、こちらは正真正銘海外から買い付けた骨董品(本物)だ。
 そんなバーは、この店のメインではない。この店の本質は、店の『裏側』に存在する。そこには、いわゆる性的倒錯――俗的な言い方をすればSMプレイ、を行う場所が息づいている。
「あれ、夜野田さん」
 開店前の店にはキャストが集う。今店に入ってきた青年もその一人だ。真新しいスーツ姿に綺麗な顔。だがどこか幼い口調。かつての支配者は随分と甘い調教をした。とはいえ、夜野田にとっても彼は昔馴染みで、線引きはとても曖昧だ。
「今はいいけど、仕事中はきちんと切り替えろよ?」
「わかってるよ。……ジャックさん」
 それともイレブン? キヨと呼ばれる青年はくすりと笑う。この店では皆に特別な名前がある。この青年にも姓と名がきちんと備わっているが、この店の中ではただのキヨで十分だ。
 だが夜野田は違った。店の表側と裏側でのみ呼び名が違う者が多い中、夜野田は唯一、トップやボトム、スレイブとは違う複数の名前を持っている。
「もう開店時間だ。クイーンがいないから、甘やかす者はいないぞ?」
 店の顔でありムードメーカーでもある女装の麗人の名を出すと、キヨは肩をすくめたのち、素早くアーチ状の扉の中に消えた。そこには闇が潜んでいる。夜野田も同じくそこへ向かおうと足を進める。バーに残るのは無口で無骨なバーテンダーだけ。
「そろそろ開店時間だ。予約の確認はきちんとしているか?」
 ボトムとスレイブが集う広間で夜野田は声を上げた。休日の夜は大抵全ての時間が予約で埋まっている。二時間から一時間刻みで決まったプレイタイム。予約制の店はある意味で余裕があるが、今日の予定を見るとつい顔をしかめたくなる盛況振りだ。
「忙しいかもしれないが、こういう時こそ雑なプレイをしてはいけないよ」
 この店で絵札の名前がついているのは経営者だ。ジャックというひとつ目の名を持っている夜野田は従業員との距離をあまりとらないタイプで、気さくだと言われることが多い。従順で素直な性質の者が多い広間では、まっすぐな肯定の返事が聞こえる。
 続いて個室が連なっている部屋をひとつひとつノックし、今日の予約の確認と、本人の体調をチェックした。こちらは店の中ではトップと呼ばれる立場で、同じ従業員でもあえて待遇に差をつけている。従業員同士がプレイを行うこともショーなどでままある。そういうときのためにも、きちんと立場はつけておかなければならない。
「ジャック、今日の予約だけど」
 ぶっきらぼうな言葉が聞こえてくる。若く才能があるSである彼は、最近勤務しだしたばかりだが、元は個人で客を取っていたようで、今日も予約でいっぱいだ。
「うん、どうかした?」
「今日二十時からのお客様、体調が優れないからキャンセルだって」
 携帯電話を振りながらそう言われて、にわかに眉をしかめる。
「客と個人的な連絡は――」
「分かってるって。でも、この店に来る前の客なんだから仕方ないだろ」
 生意気な男だと思いつつも、そういう性格がプレイに現れていて好評なのだから仕方がない。特に言葉責めには心酔するファンが何人もいるのだ。夜野田は了解の返事をし、持っていたタブレットで予約の変更を行った。
 鐘の音が鳴る。開店時間だ。
「じゃあ、僕は表に出るから」
 今日は、他の経営者は出勤していない。クイーンと呼ばれる男の性を持つが女の格好をする、だがそれが異常に似合っているまさに女王然とした人は、今日はとある高級ホテルに出向いての出張プレイの予定が入っていて不在だ。