[Are you nuts?]



◆J.GARDEN41新刊
R-18
コピー本/28P/200円
幼い頃から連れ歩いている男は隠れ蓑でしかなかった⇔檻にいる怪物は狭い隙間から光へ手を伸ばした。知的障害×サイコパス。モブ姦注意



 ひとりの男が大通りを歩いている。身長百七十五センチほど、細身の体にブラックスキニー、薄手のVネックシャツにレザージャケットを羽織ってリュックを右肩に下げている。このあたりではよく見かける一般的な学生とほぼ同じ恰好だ。だが、男の顔は美人な女と見間違えるほど整っている。薄茶の髪は長めに伸ばしていることもあり、遠目だと女性に間違うこともあるかもしれない。しかしその瞳は意志力が高そうな切れ長で、硬く通った鼻筋や、シャープな顎のライン、薄い唇なども相まって、近づいて見れば男だと間違われることはない。男は自らをニノと名乗り、そして大抵の人間からそう呼ばれている。
 駅から徒歩五分の場所にある大学に向かう道は舗装され、木も植わっている。紅葉した並木は破裂した頭部を彷彿とさせると、ニノは考えていた。
 何の癖もない引っ掛かりのない歩調。自然に浮かんだ表情。物騒なことを考えているとは誰にも思わせない自然な姿だった。
「キャンッ、キャン」
 男の向かい側を子犬を連れた女性が歩いている。年の頃は四十代、犬の散歩をしながらスマートフォンを片耳につけて会話している。
「だからぁ、それってアレでしょ、アレ」
 女性は言葉が出てこないようで、しきりにリードを上下に揺すっている。ぶんぶんと揺れる赤い紐。その動きに興奮した犬が、不意に蛇行する。瞬間、ニノと女性がすれ違う。子犬はニノの足元を掠めた。
「っと、」
「あ、すみませぇん」
 女性は男を見もせずに口だけで言った。ニノも、女性を見もせずに足元にいた子犬を蹴った。
「キャンッ!」
「ちょ、ちょっと! なにするのよ!」
 子犬の悲痛な鳴き声に気づき、女性は息を巻いて振り返る。だが、ニノはまるで聞こえていないのか、長い足を規則的に動かして歩いて行く。女性はその後姿に気味の悪さを感じて、興奮する子犬のリードを強く引いた。
「行きましょ、何よ、もうっ」
 女性の声はすでにニノの耳にない。足先に残ったやわらかい毛、そして肉がゆがむ感触を、舌なめずりして味わうことに忙しかったからだ。

 都内の私鉄駅にほど近い位置にある私立大学。ニノが門をくぐって街路樹に差し掛かったとき、右側に見える木の傍に立っている男がいた。身長が百八十五センチはあるかと思うほど背が高く、ガッシリとした体格と裏腹に、うすぼんやりとしたいで立ちの男だった。前髪は分厚く瞼を隠し、やや猫背気味の姿勢からは覇気を感じられない。顔は整っているようだが、それをすべて台無しにするほど、瞳が昏い色をしている。男は大抵の人間が名前を知らない。認識している数人は男を満山か、ミツと呼ぶ。
 ミツは、ニノの姿を見止めると引きずるような歩調でその背後に近づいた。そしてニノの背後十センチの距離をほぼキープしたまま、付いて歩く。ニノは一瞬うっとうしげに表情を歪ませたが、すぐに万人が見惚れるような微笑を浮かべた。口角を上げるだけのお手軽な笑顔を、ニノはたいてい浮かべっぱなしだった。
「アイツ、そろそろ根を上げるころかなあ。もうちょっと遊びたいけど、警察に駆け込まれるとやっかいだ」
 男に話しているような、独り言のような、ニノは後ろを見もせずに口を動かす。すっと視線をずらし、こちらを見つめている女の集団にこの声が届いていないことは理解しているから、ニノはまた口を開く。
「不細工な女どもが騒いでる。まるで獣の集会。ギャーギャーギャーギャー」
 ひとりで笑い、悪意のある言葉を吐いている真実は、女たちには届かない。彼女らには『友人と談笑している美しいニノ』しか見えないからだ。後ろにいるミツの存在は、このとき無視される。この大学では、否、世界のどこでも、ミツへ積極的に声をかける人間はいない。
「あー……う、」
「俺の前で口を開くなと、何度も言っているだろ?」
 本当に学習しない乏しい頭だ。ニノは憚らずそう言って、舌打ちした。ミツはニノの背後で目を見開いて頭を前後左右にゆらゆらと動かしているが、うっすらと開いた唇はもう何も紡がない。