[Neverland Sleeps N?]



デュラララ新セル本
R18
コピー本/24P/200円
仕事から疲れて帰ってきたセルティにマッサージをしようとする新羅


『し、新羅ぁぁっ〜〜!』
 玄関の扉を盛大に開け放つと、存外大きな音が響く。予想通りそこで待ち構えていた新羅と呼ばれた男は、程なくしてPDAを手に持ったまま飛び込んだ、漆黒のライダースーツを身に纏った体を受け止める。
「イタタタ……セルティ。PDAが当たってるよ……」
 お帰りの言葉の前に新羅がセルティと呼んだ相手に向かって囁いたのはささやかな苦言だった。新羅が身に纏った真白の白衣の胸元、本来ならば名札をつけたりする胸ポケットの部分、しかし彼に関しては何も身につけられていないそこに、小さな機械であるそれが思い切りめり込んでいる。
『あ、あああ、すまない。動揺していて』
 その言葉でセルティはほんの少しだけ我に返り、慌てて謝罪の言葉をそのPDAに打ち込む。画面の辺の長い部分がスライドし、キーボードが見えるそれは、話すのと同じくらいの速さで文字が綴られる。指だけではなく、袖口からいくつも細長い触手のような黒い影のようなものが伸び、それが入力の手助けをしていた。
 そんな、非現実的な状況に新羅は一切の疑問を持たず、セルティを柔らかく抱きしめたまま至近距離でその様子を見守っていた。
「ああ、挨拶がまだだったね。お帰りセルティ。今日は一体どうしたんだい? もしかしてまた、あの白バイクに追いかけられた?」
 新羅の言葉を最後まで聞かないうちにセルティはビクリと体を盛大に奮わせた。その反応で新羅はきっとその言葉が限りなく正解に近いと悟ったのだろう。震える体を抱き寄せ、ぎゅう、と音が鳴りそうなくらいの強さで抱きしめた。
「大丈夫、落ち着いて……。ほら、僕がこうしてればもう怖くないだろう?」
 ヘルメットを被った耳元にそう囁かれて、セルティはほんの少しだけ体の震えがおさまるような気がした。新羅の体は温かく、抱きすくめられると安心することをすでに何度かの経験で知っている。
 新羅が言う白バイというのはその言葉の通り、白いバイクに乗った交通機動隊の事だった。運び屋という少し風変わりな仕事を生業にしているセルティは、その白バイ隊員の一人である葛原という男に執拗に目をつけられている。
『ほ、本当に怖かった……。あいつらはいつもいつも、私を本気で追いかけてくる。どんなに避けても逃げても謝ったってお構いなしだ!』
「謝ったっていうのは心の中でじゃないのかい?」
『うっ……まぁそうだけど、だって話が通じるような奴だとはとても思えないぞ……!』
 PDAに打ち込まれる文字と新羅の言葉でスムーズに会話が成立していた。セルティはPDAをぎゅっと握り締めぶるぶるとまた震えあがる。きっと様子を思い出したのだろうと新羅は考えながら、少し体を離してからそっとその手を引き、部屋の奥へと誘導してきた。空調設備の整ったリビングの中に連れ込み、右側に置いてあるソファへ座り、セルティにもそれを促してくる。
「お疲れ様。ほら、座って落ち着いて」
 立ったままのセルティの指をそっと握って小さな力で引っ張ってくる。それに倣って新羅の隣に腰掛けた。すぐに肩に回された新羅の左手と、PDAを持つ手ごと包み込んでくる右手に安心する。
「セルティは勤勉に仕事をこなしているだけなのに、追いかけるなんてひどいね。それにほんの少しだけ嫉妬しちゃうよ。僕だってセルティと追いかけっこしたいのをぐっと我慢してるっていうのに……」
『何の話をしているんだ』
 途中で話が摩り替わっていることに気づいてセルティは呆れたように開いている左手を前に伸ばして袖口から影を放つ。ソファの前に置かれている背の低いガラスのテーブルの上に置かれた小さなノートパソコン。スタンバイモードになっていたそれを解除してテキストエリアに打たれた文字は、PDAに表示されるものとなんら変わりなく新羅との会話の補助を勤めはじめる。
「だってセルティと追いかけっこ! 私を捕まえてごらんなさいっていうセルティを追いかける僕! そして捕まえた時に待っているのは……って、イテテテテセルティ、ほっぺつねるのやめてえぇぇぇそれに爪が食い込んでる!!」
 セルティの左手は無意識に、うるさい新羅の口を黙らせようと頬に伸びていた。ぎゅっとつねると柔らかい肌が伸びて面白い。痛がる新羅を内心笑いつつ、そうすることで静かになった新羅をそっと見つめる。身に着けたヘルメット越しに見える新羅は涙目でセルティが手放した頬をさすっている。ほんの少し赤くなっている頬はセルティの爪あとがくっきりと残っていた。
 ――ちょっと悪いことしちゃったかなぁ。
 セルティは内心そんなことを考えながらヘルメットを取り、テーブルの上に置いた。しかし本来、そこにあるはずの顔は存在しない。あるのはまっすぐに切り取られたような首の断面と、そこから噴き出される黒い影のような霧状の物質だった。