[誰にも見せたくない/誰かに見せつけたい]



デュラララ新セル本
R18
オンデマンド/32P/300円
モブに見せつける新セル。表紙:タヅさん、ゲスト小説:ことこんさん、をお迎えしております!


 ※※※

「お前がスネイクハンズだな?」
「ええと、あの……あなたは……」
 突然目の前に現れた男に、八尋は無意識に拳を握った。見知らぬ男に街中で突然声をかけられるなんて、恐ろしい。
 恐ろしいものは、排除しなければ。そんな思考回路で握った拳が、最終的にはその男の鳩尾にめり込んだ。
「ぐあああああ……」
「あ……あの、すみません。けど、いきなり近づいてこられてびっくりしちゃって」
 それに、首なしライダーと恋人なんだろう、なんて叫びながら、恐ろしい形相で拳を上げこちらへ向かってこられたら、つい反射的に手がでてしまっても仕方がない。
「あと、俺は首なしライダーさんの恋人ではありません……」
「くそ……嘘をつくな……。セルティ様の恋人はスネイクハンズだと、ネットにも……それに、お前がスネイクハンズでセルティ様の恋人だと……あの男も言っていた……」
「あの男?」
 問いかけたが、答えは返ってこなかった。なぜなら、八尋の拳に一撃で倒れこんだ男は――話すうちに体力を使い切ったのか気を失ってしまったから。
「ええと……とりあえず、救急車、かな」
 学校帰りの八尋は、善良な高校生にしか見えない少年は、通学鞄の中からごそごそと携帯電話を取り出した。

  ◇

『ああ、やっぱり聖辺ルリの歌、いいなぁ』
 バラエティ番組中のCMで流れたライブ映像を見て、セルティ・ストゥルルソンはスマートフォンにそんな文字を表示させた。それを横で見ていた岸谷新羅は、黒いライダースーツを模した影に包まれた艶かしいラインを描く肢体をうっとり眺めていた目を、ようやくテレビ画面に向けた。
 そこには三十秒ほどの長さで、アイドル・聖辺ルリのライブツアーが行われる予定で、チケットの一般発売日が週末にあることを知らせている。
(確か、以前渡草くんが聖辺ルリのチケットは公式ファンクラブの抽選でほとんどなくなってしまう……と言っていたけど)
 一般発売でCMを打つほど、チケットが売れていないのだろうかと失礼なことを考えつつ、再びセルティの方を向く。首から上がないはずなのに、新羅に言わせれば――表情豊かな彼女は、少し悲しげな顔をしていた。
『ライブかぁ。行ってみたいけど、ああいう場所はヘルメット禁止だからな』
 首を持たないデュラハンである恋人は、街へ出るときいつもフルフェイスのヘルメットを身につける。だから商業施設やコンビニには入れない。買い物ができる場所といえば、八百屋や出店くらいだろうか。恋人が悲しい顔をしているのが耐え切れず、新羅は立ち上がって両腕を広げた。
「そんなに悲しい顔をしないでおくれよ! あ、そうだ! 幽くんに連絡して、関係者入り口から入れてもらえるように頼んでみようか?」
『いや、そんなことをしたら迷惑だろう。……でも、私のために考えてくれてありがとうな、新羅』
 スマートフォンに表示された文字にはすっぱりと諦めたと書いてあるように見えるが、その表情には覇気がない。首の断面から零れる影も勢いがないように見える。新羅に気を使う彼女がいじらしくももどかしい。もっと我侭を言ってくれていいのに。
「セルティ……任せて! 僕がどうにかしてみせる!」
『え……いや、いいと……』
「彼女の可愛いお願いを叶えられないなんて彼氏失格だろう? 僕はこう見えてやる男だよ!」
 そんな風に嘯いて見せると、セルティは思わずと言った感じで笑った。華奢な肩を震わせる姿が可愛い。
『そうか。なら、期待しないで待っているよ』
 セルティはそこで話を終わらせてしまった。新羅はそれが少し不満だったが、叶えられることが確定したらまた話せばいいと納得した。
(ひとまず、幽くんに連絡かな……あとは、渡草くんにライブにコスプレ姿で来場する客がいるか確認してみよう。ヘルメットはコスプレに入るのか疑問は残るけれど)
 ぶつぶつと呟きながらキッチンヘ向かう。手の中のマグカップの中身はすっかり空になっていた。
『コーヒーを飲むなら淹れるぞ?』
 あとを追いかけてきたセルティがマグカップをそっと取りながら伝えてくる。
「ありがとう僕の良妻賢母! セルティは本当に優しくて可愛くて綺麗で、世界一のデュラハンだよ!」
『ふ、なんだそれは』
 華奢な肩を震わせる姿が何とも言えず可愛くて、欲情を誘ってくる。新羅は、すぐにコーヒーなんてどうでもよくなってしまった。
「ねえセルティ。コーヒーよりも欲しいものができちゃった」
 そうして耳打ちした言葉に――セルティは影を蒸気機関車のように噴き上げながらも、新羅の腕の中に捕らわれることに異論はないようだった。

 ◇

「――ああ、やっぱりそうなのか」
『せめてヘルメットじゃなく、お面とかならどうにか……たまにルリちゃんのお面つけてるやつもいるからな』
『へぇー! そんな奴がいるんっすか! 同化願望でもあるんっすかねぇ』
『違うよー、きっと自分が聖辺ルリの外見を模倣することから女の子への一歩に近づく、男の娘化現象だよ〜』
『ルリちゃんを呼び捨てにすんな! ちゃんを付けろ! もしくはルリさん、ルリ様だ!』
 電話口の向こうからはけたたましい笑い声と、怒鳴り声。少し携帯電話から耳を離しつつ、欲しかった情報が得られなかったことに内心嘆息する。