[熱帯夜]



つり球アキ夏本
R18
夏樹が夢遊病になる話。シリアス成分はありません。だいたいアキ夏がいちゃいちゃしている本。
→※完売しました


 七月初旬、日曜日の早朝。憂鬱な期末テストも終わって、あとは夏休みを待つのみという時期。宇佐美夏樹は、今日も朝早くから釣りをしていた。
 夏樹の家の裏側を少し行ったところに小さな堤防がある。そこに立つのは夏樹、ユキ、ハルの三人。そこは人が少ない穴場だった。
 以前は夏樹ひとりだけの場所だったが、今は二人も一緒に釣りをしてくれる人がいる。夏樹は、口には出さなかったけれどそれがとても嬉しかった。
「今日はあんまり釣れないなぁ」
 釣りの面白さにしっかり目覚めているユキは、そう一人ごちて唇を尖らせた。潮風になびく強烈な赤色の髪も、もうすっかり見慣れた。隣にいるクリーム色に近い金髪のハルは、まるでユキの弟のように、ユキを見てから全く同じ表情をした。
「つまんないー」
「釣れない日だってあるからさ」
 二人の釣りの先生役である手前、兄貴面をしてそう言ってみるものの、夏樹は釣果がないままに帰るのは大嫌いだった。夏樹の足元にもめぼしい釣果はない。意地になると余計に釣れないことは分かっていたので、勝手に入ってしまう肩の力を適度に抜きつつ、夏樹は竿を振った。
「あ、そういえば今日は見なかったな」
「何をー?」
「アキラ」
「その話しないでぇ!」
 ユキが何気なく言った名前に、夏樹は心臓を高鳴らせた。しかしそれが悟られるよりも前に、ハルがおびえたような声を上げる。
(すげぇ過剰反応)
 ハルはアキラを苦手としていた。理由は知らないけれど、相性がよくないのかもしれない。しなやかな豹や、肉食動物を彷彿とするアキラに、明らかに捕食側の見た目であるハルは相容れないのかもしれない。あまり詳しく知らないし、深く関わるといけないような気がして、夏樹はこのことに口を挟まないことにしていた。
(でも今日は見なかったって、いつもは見るってことなのか?)
 夏樹はリールを巻きながら、ぼんやりと考える。ユキとハルが暮らす家と、アキラの住んでいる場所は近い。それは知っていた。だからご近所づきあいのような交流があるんだろうかと考える。
 徒歩で十数分の位置に自宅がある夏樹には分からない言葉が、ほんの少し面白くなかった。