[HostClub Duck champagne call]



つり球アキ夏本
R18
ホストクラブDUCKパロ本。メインはアキ夏です。ホストのアキラがたまたま新宿二丁目で見かけたのが夏樹で――。
表紙を生ハムさん、挿絵をあやきさんに描いていただきました!
→※完売しました


 闇をかき消すネオン街。
 その派手な光彩を放つ店たちの中でも、目立つ場所にあるその店の名前を知るものは多い。
 数年前、ここ歌舞伎町に無数にある店や、無数にいるホスト達の中で、カリスマと呼ばれた男がいた。その男は歌舞伎町でも随一の店に所属し、そこで常にトップを維持していた。一度同じ席につけばその全ての女性が虜になったと噂されるその男は、周りの予想通り、トップを維持したままその店を独立し、自ら店を構えた。
 アキラ・アガルカール・山田がホストとして働いているのは、そんな謂れがある店だった。
 ひと一人いない無人の個室に、アキラはごくごく普通のシャツとジーンズという格好で入ってきた。部屋の隅には少し古びたソファが置かれ、他には大きな姿見と、作りつけのクロゼットの扉があるだけ。殺風景ともいえる場所だった。
 アキラは個室の鍵を内側からかけると、無言のままソファの上に脱いだシンプルな形のシャツを放り投げ、履きつぶしたスニーカーと靴下を脱ぎ、ジーンズも足蹴にするように脱いで、その上に無造作に投げた。下着一枚という姿で、アキラはクローゼットの前に向かう。天井までの高さがあるスライディングドアを引いて、そこに見えるのは様々な種類のスーツや、シャツ、タイ、アクセサリーや靴などだった。数えるとどれくらいになるのか、アキラ自身も把握していない。その中からグレーのサテン地のシャツを手に取る。さらりとした肌触りのそれを何の感慨もなく袖を通し、手早くボタンを留める。そして濃いグレーに黒インクを一滴落としたような、深い色合いのスーツとスラックスのセットを身に着けた。ベルトをつけ、いくつもあるアクセサリーの中で気に入っているシルバーリングを取り出し、同じようにバングルやペンダントも流れるような動作で身に着けていく。その全ては、客からの貰い物で構成されていた。
 最後に手に取った無骨なデザインの、それでも見ただけで高級品と分かる光沢とさりげなく埋め込まれたダイヤモンドは、個室の明かりに反射してきらりと光る。これは誰から貰ったんだったか、そうアキラはぼんやりと考える。
(あぁ、今日は池袋の若社長が来られる日か)
 そうふと思い出して、アキラはペンダントをひとつ取って追加する。今日来ると解っている客に貰ったものをひとつ身に着けておくのは、アキラがいつもしていることだった。
 アキラは元伝説と呼ばれたカリスマホスト、そして今はオーナーとなった男に見初められ、ホストとなった。初めオーナー自らが店のトップに君臨していたが、数年後、オーナーが現役ホスト業を引退し、裏方に回るという言葉と共にナンバーワンホストとなった。虎視眈々と狙っていたトップの座は、あまりにも心地良い。特別に与えられている個室は、そのひとつだった。
 部屋に入ったときとはまるで別人のような姿になったアキラは、最後に深い青の液体が入った瓶を取りその中身を腕と耳の後ろに少量こすりつけ、そのままの流れで腕時計をちらりと見ながら姿見の前に移動した。
「よし、いくか」
 小さく呟いた声と、大きな姿見に映った姿は、どこから見ても立派なナンバーワンホストだ。アキラはその全身を眺めながら笑みを深くした。

 今、アキラに会うためだけに予約を入れる客は少なくはなかった。これがナンバーワンホストなのだとアキラはボーイに見せてもらったリストを見て実感する。
 殆ど使ったことがないホストの待機場所の前を通り過ぎ、店の隅に飾られている、ずらりと並んだホストの写真が飾られた額縁を見つめた。壁一面に、端から並んだそれは段々と写真が大きくなり、一番端の、一番店内に近い場所に飾られた大きな写真は当然アキラのものだ。
「うーん、何度見てもいいな」
「何がっスか」
「うわっ」
 アキラが写真を見つめて自尊心を満たしていると、不意に後ろから声をかけられておののいた。振り返ればアキラよりも随分と背の低い男がそこには立っている。いつの間に、気づかなかったと思いながらアキラはその男を少し避けるように顔を背けた。
「マフラー、お前は今客がついてないのか?」
「ウチのお姫さま今お花摘みに行ってんスよ」
 だから準備してるんですと言う男は、確かにその手にほかほかのお絞りを持っていた。そんなものヘルプに頼めよとアキラは内心で顔をしかめたが、そういえばこの男はそこまでランクは上ではなかったかと思い出す。
 この店に限らないだろうが、ホストはつけられたナンバーで全ての立場が決まるといっても過言ではなった。アキラも客が手洗いから戻ってきた時にお絞りを用意はするが、それを持ってくるのはヘルプやボーイに頼むことが常だった。
「アキラさんはこういうのやらないっスもんねぇ〜?」
 わざと癇に障るような言い方でアキラを煽る男。どうもこいつには馬鹿にされているような気がする、と思いつつ、相手にするのも面倒なので切り捨てることにする。