[Be mine!]



勇ヴィク本
A5/52P/R-18
シーズン開始前、スキンシップが激しいヴィクトルに悶々とする勇利。思いつめた勇利が逆上し、気まずくなったふたりが、想いを伝え合う馴れ初めです。後半は付き合い始めのふたり。ご飯を良く食べています。
表紙をシュロ様に描いていただきました!


 勝生勇利は悩んでいた。
 梅雨があけて、ぐんぐんと夏に近づいてきた長谷津。
 ホームリンクの窓から零れてくる光は、氷も溶かしてしまいそうな強さだ。
 それに一瞬気を取られて、瞬間、氷とエッジが喧嘩をする。
「あっ……!」
 鈍い痛みと共に、勇利は冷たい氷の上に放り出された。太腿をしたたかに打ちつける。練習着がめくれ上がって、腰に氷の飛沫が当たった。冷たい。
(ああ、また痣になっちゃうかな)
 転ぶ瞬間というのは意外と暢気で、辺りがスローモーションに見えて何も手が出せない。重力に任せてただ衝撃を待つのみだ。だからそんな風に転んだままの格好で冷静に考えていたら、遠くから声と人が飛んできた。
「勇利〜! なに、どうして跳べない? もしかして、また考えごとしてた?」
 苦言を漏らしながらも、心配そうな声音を浮かべてこちらへ滑ってきたのはヴィクトル・ニキフォロフ。勇利のコーチであり、勇利が幼い頃から憧れて、憧れて、募らせた気持ちを思い切りこじらせている相手だ。
 ヴィクトルは心が折れて立ち上がれないままの勇利の近くで綺麗に氷の飛沫を飛ばして立ち止まり、腰を曲げて膝に手をつきこちらを見下ろしてくる。
 さらりと重力に倣う前髪。瞬間、シャンプーの匂いがふわんと漂った。冷たい空間に似つかわしくない甘ったるい香り。フランスかどこかからの輸入品であるらしいそれは、勇利にとっては未知の香りであり、嗅ぎ慣れた、ヴィクトルの象徴とも言えるもののひとつだ。
 匂いと共に、湧き立つ感情が膨れ上がりそうになるのを、見えない位置で手をぎゅっと痛いほどに握ることによって堪える。
「……大丈夫、立てます」
「答えになってない、勇利!」
「次は失敗しないから」
「そう言って三度目だけどね。……まぁいいや。痛いところはない?」
 鈍い痛みを受け入れて立ち上がった勇利に対し、ヴィクトルは甲斐甲斐しくそう言った。勇利は手や脚を動かして、違和感がないことを確認する。
 それをじっと見つめる目はコーチとして過分なく、それが物足りないと思うのは罪深いことだ。
 神聖なリンクの上で、不埒なことばかり考えている。
「大丈夫だから、もう一回お願いします! ステップから入りたい。曲かけてくれますか?」
 わざと上目遣いで言えば、ヴィクトルは大抵言うことを聞いてくれる。それを知って利用することは悪いことではない。
 そうしないと精神が持たない。

 ヴィクトル・ニキフォロフというひとは、思わせぶりなことばかり言ってくるし、そういう行動ばかりとる。
 そもそもうちに初めて来たとき、彼は露天風呂に入っていたから全裸で、なのにどうしてだかためらいもなく立ち上がり、服を着たままの勇利に対して均整の取れた美しい身体を惜しげもなく晒してきた。
 そのあと、館内着一枚という無防備な格好で眠ってしまい、寝返りを打つたびにちらちら、ちらちら、湯上りで桜色に染まった肌を見せつけてきたのだ。思わず正座をして見守ってしまった。
 どうしてここにヴィクトルが。そんな疑問と、どうしてこんなに簡単に人前で眠ってしまうんだ。という理不尽な怒り。ない交ぜになった複雑な感情が記憶に新しい。
 部屋に案内すれば顎を掴んで身を寄せてくるし、ところ構わず追いかけてくるし、一緒に眠ろうと扉を叩かれる。
 突然、憧れているひとが生まれ育った家に来たことから驚きなのに、意味の分からない距離の詰め方をされて、戸惑わない者は果たしているのだろうか。
 夢の中のような日々が過ぎていったと思ったらユーリ・プリセツキーがロシアからやって来て、一瞬現実に戻された。
 けれど結局、ヴィクトルは勇利の正式なコーチとなった。
 その間も、ずっと変わらずヴィクトルからのスキンシップは激しいけれど、無我の境地になることでどうにか平静を装えるようになったと思う。

 六月に入って梅雨入りし、フリープログラムの曲を決めかねている勇利に対してヴィクトルが放った失言から、勇利は一度ヴィクトルに対して心を閉ざした。
 そのとき、連れ出された砂浜でヴィクトルに言われた「どういう立場でいて欲しい?」という問いかけ。
 勇利は「恋人」を否定したけれど、それは単に、ただ図星を突かれて慌て、とっさに嘘をついてしまっただけのことだ。
 そう。勇利はヴィクトルを、肉欲の対象として見ていたのだった。それに勇利が気づいたのはたぶんそう言われた瞬間で、それまでは、もやもやするその感情に名前をつけることができなかった。恋というものを知らなかった、というのが正しいのかもしれない。
 ヴィクトルが正解をくれる形で自覚した気持ちは日に日に膨れ上がり、毎日飽きもせず、ヴィクトルを意識する気持ちは増していっている。
 梅雨が明けたばかりの、すこし湿気っぽくてぬるかった砂浜での会話、その翌日は上手く跳ぶことができた。けれど、数日後、再び跳べなくなってしまった勇利に対し、ヴィクトルはその原因を「フリープログラムの曲を決められないことへのプレッシャー」だと思っているようだ。ショートの曲をじっくりやるのも大事だよ、とフォローをしてくれるものの、それは勇利にとってあまりにも的外れな言葉だ。



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 勇利はすこし気が抜けて、座る。そして腰を屈め、ふたりの前に置かれた重箱の結び目を解いて中身を広げた。
 三段の重箱の中には、一番下に海苔を巻いたお握りがぎっしりと並んでいる。真ん中は豆腐ハンバーグと鮭のつけ焼き、あとタケノコと人参の味噌和えだろうか。一番上はブロッコリともやしを茹でたものが半分と、出汁巻き卵とレンコンのきんぴら。全体的にヘルシーで、勇利のために作られていると一目で分かった。
「ワオ、アメイジング!」
 日本のお弁当を初めて見たのか、ヴィクトルは目を輝かせてパシャパシャと写真を撮っている。何枚も角度を変えて楽しそうにしている姿を見ていると、ささくれ立った心が凪いでいった。
 けれどやっぱりまだうまく話せる気がしなくて、勇利はトートバッグのなかにあったウェットティッシュで手を拭いて、それをヴィクトルにも渡してから割り箸を手に取る。ぱきんと真ん中できれいにふたつにした。
 ヴィクトルはマッカチンの餌を用意してから、自分の食事にありつきはじめる。
 勇利はまず豆腐ハンバーグを口にして、甘いたれがかかってふんわりとした噛みくちのそれを味わう。本当は野菜から食べた方がいいのかもしれないけど、ヴィクトルも隣で同じものを最初にとっているからおあいこだ。じゅわりと肉汁のようなものが口の中に広がる。すこし本物の肉も入っているらしく、それでなくとも食感は完全に肉だから、勇利は気づけば二つ目を箸で取っていた。
 ヴィクトルは豆腐ハンバーグを目を輝かせてはしゃいで食べたあと、出汁巻き卵を取っていた。ヴィクトルの箸さばきはいつも美しい。取り落とすことなく手を皿代わりにして半分ほど口にし、出汁がきいた甘じょっぱい味を楽しんでいるのだろう。
(なんだか、変な感じだ)
 昨日あんなに深刻な気持ちだったのに、すこしだけ心がすっとしている。
「マッカチン、美味しい?」
「ワウッ!」
 ヴィクトルは海を見ながら、ご飯を食べて、マッカチンと戯れている。勇利はそれをそっと眺めていた。視線は絡まないけれど、なんとなく、お互いに今は気まずいことを忘れようと努めているのがわかる。
 こんなに穏やかな時間なのだ。
 すこし前に目を向ければ広い砂浜と、海が広がっている。防波堤や向こう側の小島が見えていて開けているとは言えないが、空は高かった。
 なんとなくすがすがしい気持ちで、勇利はお握りを手に取る。母親はいつも梅干のお握りで、海苔は先に巻いてある。



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「ん、ゆうりぃ、俺、今日すっごい興奮してるから……」
 早く早くと、ヴィクトルは性急に迫ってきた。手をそのままに、唇を奪われる。
(僕のファーストキス……)
 柔らかい唇の感触に驚いている間に、舌がぺろぺろと唇の隙間を舐めてきて、くすぐったくて口を開けた。ぬるりと舌が入ってくる。ヴィクトルの舌は薄くて繊細だった。
 噛んでしまわないように口を開けると、開けすぎ、と顎を掴まれる。口の大きさを調整されて、そのまま深く舌がもぐりこんできた。上顎を舌先で舐められると一瞬で力が抜けて、腰から下が使い物にならなくなる。
 顔が近すぎて、眼鏡に顔が当たってカチャリと音が鳴った。ヴィクトルは邪魔そうに眉をしかめ、唇を離すと、それを指先で取り去ってしまった。
 枕元に眼鏡が放られて跳ねる。
「んっ、ふ、ゆうり……」
 再びこちらを見下ろしたヴィクトルは勇利のTシャツを捲り上げて、わき腹の辺りを手のひらで撫でながら、盛り上がった腹筋の溝を指先で擽ってくる。怒涛のように襲ってきた快楽に勇利は抗えない。
「あっ、僕……やりかたとか、あ、ヴィクトル!」
「だいじょうぶ、俺に任せて……」
 ヴィクトルは勇利の肌にキスしながら下へと降りていき、ためらいなくハーフパンツの上から触れてくる。そこはとっくに熱くてかたくなって、テントみたいに盛り上がっている。てっぺんから手のひらでくるくると撫でられると、腰が痺れるくらいに気持ちいい。
「あっ、勇利……かたいね」
 そんなこと言わないで欲しい、と言い出すひまがないまま、ヴィクトルは楽しそうに笑みを浮かべながらハーフパンツのゴムを引っ張った。ずるり、と脱げてしまう。下着ごと太腿の辺りまで布地がさげられて、性器が露になった。まっすぐ天を向いている凶暴な形をしたものは、先端がすでに濡れている。ヴィクトルがそれをじっと見ていた。あの美しいものしか映さないと言われても納得できる綺麗な瞳が。それだけでカウパーが零れて、とろとろと幹を伝い、浮き出た血管に血が通ってびくびくとうごめく。
「勇利の、凶暴だね……」
 そんな感想を楽しげに口にしないで欲しい。羞恥に天を仰いでいると、その間にヴィクトルは顔を更に近づけていたようだ。何かが触れたと思った瞬間、ヴィクトルの口の中に勇利の性器が差し込まれたと知って腰が跳ねる。
「えっ、はぁっ?」
「あっ! ゆぅり〜、急に動かないでよ、危ないな」
「危ないな、じゃないよ!!」
 今ヴィクトルは何をしようとしたのだ。勇利の性器を掴み、口の中に招き入れなかったか。信じられない情景。チラッと目に入っただけなのに、頭の中にこびりついて離れなかった。ぐるぐる。赤い唇がひらいてグロテスクとも言える形状の粘膜を誘い込む様子が、出たり入ったり、頭の中で勝手に巻き戻っては再生されておかしくなりそうだ。
「勇利はゴム持ってる?」
「えっ、そんなの……ない」
 見たことも触ったこともなかった。
「だよね。ちょっと待ってて」
 ヴィクトルは館内着の合わせをいつの間にか肌蹴た状態で部屋の外に出てしまった。声をかける暇もない。まあ、二階には誰も上がってこないし、と思っている間に戻って来る。
 その手にはふたつ。ボトルみたいなものと、箱みたいなもの。
「え、なにそれ、もしかして……」
 何となく覚えがある。ネットかマンガで見て知ったのだろうか。間違っていなければ、ローションとコンドームだ。
「さすがに見たことはある? こっちのだから、勇利も安心だろ?」
「えっ、こっちのって、」
「日本製」
 再びベッドの上へ乗り上げたヴィクトルから受け取ったそれらは、確かに日本語で文字が書かれていた。一体いつの間に、どこで購入したのだ。このリビングレジェンドと呼ばれている、日本どころか世界のどこにいても目立つ美しいひとが。
「えっ、どこで買ったの? これ、えっ、ネットとか、目撃情報とか、知らない、え?」
「何言ってるの勇利。おかしいなぁ。これは中州で買ったけど、明け方だったから人は全然いなくてあまり見られてないと思うよ」
「あ〜〜〜」
 勇利は頭を抱える。知らない間に恐ろしいことが行われていた事実を受け止められない。
 けれど意に介さないヴィクトルは、その間に館内着の上着を脱いでしまったようだった。ぱさりと音がして、つい顔を上げると上半身を惜しげもなく晒したヴィクトルと対面してまた顔を伏せる。
(ああっもうだめだ、何もかも、刺激が強すぎるっ!)
 じんじんしていた下半身がドクドクと音を立てはじめた。腫れて痛い。パンパンに膨らんだ性器からは、びゅっびゅ、と堪えきれずもう何かが零れていた。すでにすこし白色が混じっていて、嬉ションする犬かなにかかと落ち込む。
「ゆうりぃ、もう出したい?」
「う、だ、出したいです……」
 というか、一度出さないと頭がおかしくなりそうだった。性器に集まった熱の質量にやられてどこもかしこも異常が起こっている。冷や汗が出るのに熱くて、顔がぽかぽか火照っているし、フーッ、ふーっと浅い息が零れている。眼鏡をつけたままだったら、多分全部曇っていた。
「じゃぁ目を閉じて」
「え……はい」
 どういうこと、と思ったけれど、あまり深く考えが巡らない。勇利は素直に目を閉じた。瞬間、温かく柔らかい未知の感触に包まれて、文字通り腰が溶けたかと思った。
「フぁ、ぁっ!?」
 何事かと目を開けると、プラチナブロンドの美しい髪が、勇利の股間にうずくまっていた。
(ヴィ、ヴィクトルが、あのヴィクトル・ニキフォロフが、僕の……!?)
 思考がそこで停止してしまう。温かくて柔らかい感触だけが勇利の脳裏に残って、あとはただ気持ちいいという本能だけ。
「あ、あっ、ヴィ、ヴィクトル、だめ……っ」
 じゅぶじゅぶ音がする。信じられない。ヴィクトルは勇利のものを咥えて、薄い唇で円をなぞっている。
 ヴィクトルは頭を上下してそれを擦り、時折舌でぺろりと先端を撫でてくる。根元も指で掴んでこしゅこしゅと擦って、容赦なく射精を促された。淫猥な音と信じられない状況が一気に押し寄せ、勇利は頭の中が真っ白になりながらも目だけをぎらぎらと光らせてただそれを見つめていた。
「あ、ヴィクトル、だめ、でる、でる……」
「だして」
 唇をすこし持ち上げてそんな風に甘ったるく囁かれて、我慢できるはずがなかった。ヴィクトルは口を窄めて吸い上げてきて、勇利は腰から下が一体になったような恐ろしく強い快楽に押し流される。そのまま、達した自覚もないまま、どくどくと精子をヴィクトルの口の中へ吐き出していた。
「あ、ァ、ぁ……ぁ、はぁっ、は、…ヴぃ、ヴィクトル…っ」
 びくびくと腰が胴震いしている。ありえない量が出ているような気がした。ヴィクトルは射精に暴れる性器の先端で頬を卑猥に膨らませては、こくん、こくん、と何度も喉を動かしている。
(飲んでる。ヴィクトルが、僕の精子を)
 信じられないの応酬で頭が疲れてきた。
 ヴィクトルは勇利の考えなど知らず、まるでもっとというように、くたりとした竿を濡れた指でこすこす扱いてくる。
 ぴゅ、と残滓まで全部搾られた。
「んっ、ん、ん……」
 喉に絡む精液を飲み込みづらそうにしているヴィクトルは、世界でいちばんいじらしい。手を無意識に伸ばして汗で張りついている前髪を避けてみる。頬から目尻のほうまで赤く染まっていて、唇が唾液と精液でてらてらと濡れ、艶かしい吐息を零している。う、と喉が詰まった。
「ゆうり、まだ元気だね」
「え? あっ……」
 見下ろすと、勇利のものはまた兆していた。それも、先ほどよりも勢いは劣るものの、通常時より硬く勃起している。
「勇利はどうしたい?」
 ヴィクトルは、こんなときなのにコーチの顔を一瞬覗かせた。けれど、それにも煽られてしまう。よく知っているヴィクトルが今こんなにも淫らな顔をしているのだと、強く自覚してしまった。
「え……っと、」
 どうしたいと聞かれても、何をすればいいのか分からない。けれど、ヴィクトルに触りたいと思った。手は言葉より雄弁で、そう思ったときにはもう頬に触れている。そっと引き寄せた。
「ふふ、キスしたら美味しくないとおもうよ?」
 ヴィクトルは楽しそうに笑っている。無垢な微笑み。先ほどまで勇利のものをいやらしく咥えていたようにはとても見えない。
 色づいた赤い三日月に、白いものがついているのが甘そうに見えて唇をつけた。くちゅっと水音。舌を出して舐めてみたら、変な味がした。
「うわ、まず」
「勇利のだよ」
 まずいはないだろうと、すこし怒られた。勇利はそう言いつつも、ヴィクトルと再びキスをしたいという願望に抗えない。ヴィクトルを抱きしめて、顎に指を当てる。さっきされたのと同じように、深く舌を差し込んで、上顎をなぞった。
「あっ! んんっ、ぁ、は……っ」
 ヴィクトルは気持ち良さそうに喉を鳴らして、銀色の睫毛が縁取ったまぶたを揺らしている。無防備に閉じた目が愛らしかった。至近距離で目を開けたまま見つめていると、視線に気づいたのかヴィクトルはうっすらと瞼を上げる。睫毛が長すぎて、肌に当たってくすぐったい。
「ん、ぁ……」
 見ないで、と言っているような気がしたけど、そんなことより唇を貪ることに夢中だった。ヴィクトルの口の中は、最初は苦くてひどい味がしたけれど、唾液を絡めてヴィクトルがそれを飲み込んでいくうちに、どんどん甘ったるくなっていく。深いキスは先ほど奪われたものが初めてなのに、意外とうまくできるものなのだと不思議な気持ちになる。
「ぁ、んん、ゆぅり、触って……」
 息継ぎの合間に囁かれた。手を取られて、それはヴィクトルの背中に。撫でろということだろうか。しかし、勇利はキスに熱中していると他のことは全くできそうもなかった。
 最初は意識して撫でていたが、口づけが深くなった瞬間に忘れて、添えるだけになる。それが不満なのか、ヴィクトルは逆に勇利の背を撫でてきた。下から上へ、上から下へ、指先で背骨の縁を辿るようにされるとくすぐったくて、けれど気持ちよくて意識がブレる。
「ヴィクトル、ヴィクトル……」
 結局、唇を離してヴィクトルを抱きしめた。両手を使って同じように背中を撫でる。ヴィクトルの背は身長の分、広い。勇利は手が大きいほうだから撫でるのには好都合だった。薄い皮膚の下の骨や筋肉の感触が手に取るように分かって、ヴィクトル・ニキフォロフを構成する細胞を感じて勇利はそれだけで満足してしまえそうな自分がいて驚く。
(はは、どれだけ好きなんだろ、僕って……)
 昔からずっと憧れすぎていて、精通はヴィクトルで迎えたし、部屋に飾っていたポスターにはいろいろとお世話になっていた。
(そんなこと、ヴィクトルは何も知らないんだよな……)
 罪悪感が浮かんだが、それは甘い問いかけに霧散する。
「ゆうり、続きしたい?」
「うん……」
 促されるまま、後ろに倒れていくヴィクトルをベッドへ押し倒した。昔から使っていた枕にヴィクトルが頭を乗せているのを見るだけで興奮してしまう。
 手渡されたローションを手に取る。ぺたり、と胸に置くと、冷たいのかぷるっと震えた。広げて伸ばすとぬるぬるしたものがヴィクトルのピンク色の乳首を滲ませた。つまんでみると、こりこりして硬い。
「ヴィクトル、ここ気持ちいい?」
「あんまり……。ね、勇利が気持ちよくして?」
 ヴィクトルは頬を染め、視線を逸らして恥らっていていじらしい。勇利は調子に乗ってローション越しにヴィクトルの乳首を指でつまんで、人差し指を滑らせる。
「あっ! あ、んっ!」
 ひときわ大きな声に、一瞬辺りをうかがってしまう。
 ああ、そういえばここは自室だった。
「ヴィクトル、もうちょっと静かに。下に聞こえちゃう」
「ぁ、う、…ん、」
 こりこりと乳首を刺激しながら注意したら、ヴィクトルは口もとを手で覆いながらコクコクと頷く。きゅっと瞑った瞼が可愛い。
 勇利はぐうっと前かがみになってヴィクトルの左乳首を弄り、ぷくりと膨らんでどんどん色づいていくそれに見入る。逆の乳首がぴくぴくと震えているのには気づいていたが、そちらも構う余裕がなかった。
「はー、っ、は……」
 息がどんどん荒くなっていく。ヴィクトルの身体に触れているという事実だけで勇利の性器は痛いくらいにまた張り詰めている。頭がぼうっとして、視界が狭くなる。
「ゆうりぃ、こっちも……」
 ヴィクトルは右の乳首を触って欲しいと指を胸元に滑らせる。
「ごめん、余裕ない……」