[PHANTOM]



勇ヴィク本
A5/52P/R-18
本編終了数年後。ヴィクトル引退後、アイスショーでオペラ座の怪人を滑ることになったが、身の内の不安と嫉妬に苛まれてテーマと同期し、自分の顔を認識できなくなってしまう話。最後はハッピーエンドです。
表紙をngr様に描いていただきました!


 指先まで冷えるサンクトペテルブルクのスケートリンク。
 外からの光は淡いが明るくて天気が良いことを示しているのに、部屋の中は張り詰めたような寒さだ。ヴィクトル・ニキフォロフはこのホームリンクで幼い頃から練習に励み、長い競技生活をこの場所と共に過ごしていた。二十七歳の時に一年近く休業して日本へ行ったが、その後はまたここへ戻ってきて残りの競技生活を練習と共に過ごした。
 ヴィクトルは今年競技を引退し、春からプロスケーターとなった。もともとアイスショーへの出演依頼は競技に支障が出ない程度にこなしていたから生活はさほど変わりない。全世界を巡業するような大規模なショーにフル出演することもできるようになったくらいか。
 とはいえ愛弟子であり恋人でもある勝生勇利のコーチという大事な仕事もあるため、暇になることなどありえなかったし、今もこのスケートリンクには毎日のように世話になっている。
 今日は朝から勇利の練習を見て、午後から雑誌のインタビュー撮影があるという勇利が仕事へ向かったら、自分のアイスショー出演用のプログラムを調整する予定だった。
「勇利、そこのステップ雑になってるよ」
「……っ、はい!」
 こんなに寒い場所なのに、大粒の汗を浮かばせながら勇利は練習していた。さっきまでジャンプを集中して練習していたからまだ息が上がっている。だがジャンプで消耗したあとに細かいステップを刻めなければ競技では通用しない。
 基礎体力がある勇利は息を上げながらも危なげなくステップやターンをこなしているが、細かな部分が気になる。手の動かし方も荒い。
(集中力が切れてるな)
 ジャンプはともかく、表現力が如実にでるステップシークエンスの部分で勇利が集中力を切らすのは珍しい。この後控えているインタビューの仕事がプレッシャーなのだろうか。
「勇利ぃ、ステップ汚い」
 他のスケーターの練習を邪魔しないようフェンス近くまで移動して、ヴィクトルは指先を口許に持っていく。勇利は自覚していたようで、バツが悪そうな表情になった。
「うっ……」
「午後からのインタビューそんなに緊張してるの?」
「明らかに僕オマケでしょ、緊張なんてしないよ」
 タオルで汗を拭いながら勇利は乾いた笑いを浮かべた。ちらりと視線を向けた先には、ちょうどクワドジャンプを着氷したところだったユーリ・プリセツキーがいる。
 シニアデビューと共にグランプリファイナルの首位を取り、話題性が充分にあり未成年で若いユーリはメディアに引っ張りだこだ。彼はヴィクトルの弟弟子であり、勇利にとってはライバルと言える相手だ。同じ名を持つふたりの仲は良いとも悪いとも言えない。友人というには離れすぎているが、敵という言葉は明らかに合わない。ふたりで食事を摂ることもあるし、どこかへ出かけたり、スマートフォンのゲームでフォローをし合ってもいる。ヴィクトルには馴染みがないが、学校のクラスメイトのようなものといえばしっくり来るのだろうか。
 そんな勇利とユーリは、今や世間には「Wユーリ」と呼ばれてセットで人気を博していた。互いにヴィクトルを目指し、いつか越えると息巻いていた、そんな次世代の王子様たちを世間が放っておくはずもない。
 ヴィクトルと勇利の師弟ブームが落ち着いてきたと思ったら、いつの間にか勇利とユーリが一緒にインタビューを受けていたり、テレビに出演していることも増えていた。
 ついこの間は一緒にスポーツ系メーカーのCMの撮影をしたらしい。浜辺を走ったらしいが、勇利にもユーリにも微妙にマッチしていなくて面白いと思う。放映が楽しみだ。
「じゃぁどうしたんだい?」
 汗を拭いてさっぱりした勇利の首元に腕を回しながら問いかければ、昨シーズンのテーマに合わせて少し短めにしていて露わになっている項がカッと赤く染まった。相変わらずヴィクトルから身を寄せられることに慣れない勇利は、さりげなくその腕から身を避けながら「何でもない」と言う。だがその声音は明らかに所在無げで勇利の中に懸念事項があることは明らかだった。
「先週の撮影? スポンサーに冷たくされたとか?」
「何それ、そんなのもうないよ」
 勇利はサンクトペテルブルクに来た当初はよそ者扱いを受けていたらしく、特にヴィクトルを子供の頃から見ているような、老齢に差し掛かった世代からの受けがあまり良くなかった。とはいえ勇利は魅力ある人間で、特にスケートが絡むとその効力は絶大だ。徐々に勇利は世間から見逃されなくなった。街中で声をかけられることも増えている。勇利はそうされるたび律儀に戸惑って「今だけだよ」なんていうことを口にするが、もう放ってはおかれないのだ。
「じゃぁ何で……」
「おいクソカツ! もう出ねぇと遅刻すっぞ!」
 そのとき、遠くからわん、と反響する大声。ユーリは首にかけていたタオルを引き抜いてぶんぶんと回し、その存在をアピールしている。ここ数年で徐々に背は伸びているが、まだ勇利を追い越すには至らない。それがコンプレックスらしく、ユーリはここ最近怒りっぽい。


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「あっ……勇利ぃ、乱暴、っあ……っ!」
 肩をぐいぐいと押されてベッドへ押し倒され、ヴィクトルが文句を言う途中でまた唇が塞がれる。
 仕返しにと、甘えるように腕を勇利の背に絡め、三角に膨らんでいる肩甲骨をするすると撫でる。背中や腰もくすぐるように刺激すると、絡まった舌先がぷるっと震えた。
「ん、ヴィクトルぅ、あんまり意地悪しないで……」
 いつまで経っても初心な勇利は興奮に頬を赤らめていて、悔しそうな顔が可愛かった。
 顔の横に肘をついていた勇利は上半身を起こし、膝で身体を支えて両手を自由にした。そして身につけているシャツの裾から手を差し入れ、腹筋が割れた腹から胸元までをそろそろと撫でる。ざらっとした勇利の手が肌を滑り、キスで汗っぽくなっていた皮膚がざわざわとした。
 きゅっと無遠慮に乳首をつままれ、声を上げる。
「あっ……ゆうりぃ、痛いよ……」
「ほんとに? これくらいでも、もう気持ちいいでしょ?」
 勇利は数年かけて熱心にそこを開発しているから、本当は摘まれるだけで頭を突き抜けるような快楽が浮かんでいた。けれど恥ずかしくて、つい文句を言ってしまう。頬が真っ赤で視線をそらしながらそんなことを言えばバレバレだからか、勇利は小さく笑うだけでやめてくれることはなく、ヴィクトルはきゅっと唇を噛んでぴりっとした快楽をやり過ごす他なかった。
「んっ……ん、っ……ふ、」
「もっと声出してもいいのに……ね、ヴィクトル、ここは? 気持ちいい?」
 勇利は声を出させようと、わざと乳首を摘んだり、軽く爪を立てたり、引っ張ったりしてヴィクトルを翻弄する。
 乳輪ごと摘まれてぐりゅぐりゅ擦られると、ふわっと浮くような快楽に唇が解けて甘い声が溢れた。
「あっ……は、あっ……ゆうりぃ……」
「気持ちいいみたいでよかった。ね、もうこっちもとろとろだね」
 ぐっと腰を押し付けられることによって、下腹部が触れられてもいないのに濡れてしまっていることに気付かされた。勇利の手の中で、薄手のボトムスがぐしゅっと音を立てている。眠る時は部屋着を脱いでしまうから、下着は最初から身につけていなかった。
「ぁ……ゆぅり……」
「すご……」
 ウエストのゴムを引っ張られ、中を覗かれる。むわっと熱が逃げ出し、中では硬度を持ち始めてはいるが、まだくったりと上向きに横たわった性器が先走りを零してぬとぬとになっていて、扇情的な視界に勇利でなくとも生唾を飲み込んでしまいそうだ。
「えっちだね……」
 口先を尖らせて興奮した声を零した勇利は、少し感じただけで随分と濡れやすくなってしまう、ちっとも我慢ができない性器に触れてくる。ぐずぐずの性器は乾いた手でいじられるだけで、すぐに甘えて硬度を増した。
「あっ……、ゆうりぃ……っ、んっ、あっあ、きもちい……」
 敏感な性器を直接握られて上下されると、ふっと力が抜けるような快楽が何度も襲ってきた。跳ねる声を止められない。腰を浮かしてびくびくと胴震いして、あっという間に極めてしまいそうになる。
「っ、ふ、っん、……ふ、ゆうり、っ……」
「もうイっちゃいそう? 久しぶりだもんね……」
 勇利は楽しそうな笑みを口許に浮かべたまま、言葉で煽ってくる。
「んっ、も、いく、っ……いっちゃうから、」
 だから触らないで、とそう言ったつもりなのに、勇利は逆に捉えたらしい。
「いいよ、イって」
 手の動きを激しくされて、ヴィクトルはぎゅっと目を摘むってスパークするような快楽にただ引っ張られる。
「あっあっあ、っ…、い、いくっいく……!」
 びくんっと身体が震えて、ヴィクトルは勇利の手の中に白濁を零した。頭が一瞬真っ白になるような、すうっと浮かぶような気持ちよさが一瞬でなくなってしまう。
 残ったのは乱れた息と、ぐずぐずになった下半身だった。べとべとしていて気持ち悪い。尻の辺りも汗をかいてしまって、太腿の裏にボトムスが張り付いて落ち着かなかった。
「ん、ゆぅり、脱がして……」
 両肘をシーツの上について腰を浮かせたら、勇利は汚れた手のままボトムスを掴んで乱暴に引き下ろす。追い立てているだけで興奮しているのか息が上がって顔が赤くなっている。勇利は風呂上がりでもともと湿っていた前髪が束になるくらい汗をかいていて、ヴィクトルの痴態を見て反応しているのが明らかで嬉しくなってしまう。ヴィクトルは上半身を持ち上げて、勇利の耳元へ顔を持っていく。柔らかな耳朶に唇を当てながら、声を低くして囁いた。
「ゆうり、うしろ……もう、慣らしてあるよ」
「……っ!」
 一瞬で、勇利は想像したに違いない。バスルームか、もしくはトイレで、中を綺麗に洗浄して、そしてそこに指を自ら差し入れるヴィクトルの姿を。
「勇利、ほら、確かめてみて?」
 きれいでしょう、と言いながら勇利の手を掴んで、はしたなく開いた脚の間に誘い込む。窄まりはもう勇利を求めて緩んでいた。柔らかい皮膚は濡れているせいか縁がぐずぐずになっているように見えるだろう。
 勇利はわざわざ手を伸ばして、ベッドサイドに置いてあるライトをつけた。オレンジ色の淡い光がふわりとふたりの間を照らす。
「もう、見たいの? えっち……」
「見たいに決まってるでしょ、ヴィクトルのえっちなとこ」
 少し怒ったような口調は興奮しすぎているときの勇利の癖だった。
 勇利に見えるようになったということはヴィクトルにも見えるようになったということで、視線をずらしていけば、スウェットを突き破りそうなほど興奮した勇利の性器が、布をぐいぐい押し上げている。
「ゆうりのえっちなとこも見せて?」
「う……っ」
 右の太腿を持ち上げて足の甲ですりすりとその性器に甘えたら、勇利は膝立ちになって股間を手で押さえた。暴発寸前だったようで深く息を吸って吐くと、恨めしげに睨みつけてきたが、それでもゆっくりとスウェットを下着ごと引き下ろした。
 ウエストのゴムと先端が引っかかってぶる、と性器が重たげに揺れる。ぴゅっと飛んだ先走りが、ヴィクトルの太腿に散る。
「ん……っ、ゆうり……熱いよ……」
 とろっとして熱い。まるで蝋燭でも落とされたような、倒錯的な感覚が湧き上がる。首の後ろがざわざわした。
 勇利は自らの性器を握ってヴィクトルの窄まりに先端を押し付けてくる。中を綺麗にして少し広げたが、めいっぱいに膨らんだ勇利のものが入るほどには緩んでいない。思わずびくっと身を竦めるが、勇利は入れるつもりはないようで、先走りでぬるぬるになっている柔らかな先端を、ヴィクトルの窄まりに押し付けてべたべたと濡らしてくる。
「んっ……」
 熱い切っ先が触れて、窄まりやその周辺、太腿の付け根まで濡らされた。熱が通り過ぎたあとすうっと冷たくなって落ち着かない。
「ゆ、ゆうりぃ……も、いじって……うしろ」
 ヴィクトルは耐えきれず、更に脚を広げて自らの窄まりに指をかける。両方の人差し指を縁に引っ掛けて、広げた。中の赤い粘膜がちらと見えて、勇利はそこに釘付けになる。
 後ろに欲しくてたまらない。
 勇利の指が、熱が、勇利そのものが―。
「じゃあ……いれるね、」
「あ、ああぁ〜っ!」
 勇利の中指が、自らの指で広げた部分に無遠慮にずぷずぷと入ってきた。閉じた肉をぐねぐねと開いていく硬い指の感触に、ヴィクトルは背を反らして悶える。濡れた窄まりを引っ掛けている指が滑りそうになり、ヴィクトルは手のひらを尻に這わせてぐっと力を入れる。すると余計に窄まりが広がってしまい、勇利が無意識にすこし笑った。
「えっろかぁ……」
 その日本語にカッと顔が赤くなる。勇利が時折口にする日本語のスラング。その言葉は勇利にとって無防備で、英語で取り繕う余裕もないことを示している。それほど卑猥なことをしてしまっている―その事実がヴィクトルを身悶えさせた。羞恥にじわ、と涙が浮かびかける。
「ヴィクトル?」
「ん……ゆうりぃ……もうやだ、すぐ入れて……」
「だめだよ、慣らさないと……」
 勇利は慎重に慎重を期すからじれったいことも多い。酒が入るとそんなことはすっかり忘れてしまうのに、もどかしい……。そう思いながら、ヴィクトルはゆっくりと指が増えていくのを、目を閉じて感じる。
 勇利は二本目の指を自らの指に沿わせるように慎重に差し入れ、奥で指を広げて内壁を押す。
「あぁぁ……!」
 おそらく人差し指が、ヴィクトルの前立腺をぐっと押し込んだ。そこは他の内壁と比べるとぷくりと膨らんでいて、押すだけでふっと力が抜けるような快楽が走る。耐えるようにぎゅっと足先を丸めた。スケート靴で痣ができていた足の甲がぴりっと痛む。
「ぅぁ……っ、ぁ……あぁ……」
 無意識に歯を食いしばってしまい、窄まりが硬くなってしまったのが分かったのか勇利が指を止めてしまった。こわばった身体は怪我の元だ。勇利は空いている方の左手をそろそろと内股に這わせる。敏感で柔らかな皮膚を撫でられて、ヴィクトルはくすぐったさと共にゆっくりと身体のこわばりを解いた。すると勇利はまた中で指を動かし始めて、ヴィクトルは柔らかな快楽に身を委ねて、ゆるゆると力を抜いていった。
「ん、っ……ふ、ぁ……」
 べったりと背をシーツにつけて、窄まりに引っ掛けていた指も解けてシーツの上に落ちる。勇利は膝移動でこちらに身体を近づける。ぷるんと揺れた切っ先が尻に触れてぴくっと身体が揺れた。勇利の熱いものが触れてしまうほど近くにいる。勇利の正座しているような格好の太腿の上に、ヴィクトルの太腿だらしなく乗せらせて、そうする頃には指は三本に増えていた。
「あ、あっ! は、ぁ……っん、ぁ……」
 前立腺を三本の指で押され、ヴィクトルは身体を震わせた。勇利は息を上げているが指先はやたらと慎重だった。気遣ってくれているのは分かるが、もう競技者でもないのにとも思う。もちろんプロスケーターである以上、競技者と同じレベルで気をつけないといけないことは分かっているのだが―ふと不満に思って勇利の顔を見ると、ばちっと目が合ってしまう。
「ん、ヴィクトル……? どうかした……?」