[フォー・ユア・アイズ・オンリー]



勇ヴィク本
A5/48P/R-18
シーズンが始まり、ショートの難易度を揃えたのに点差が激しく落ち込む勇利。だがヴィクトルは勇利の練習ばかり見て自分の練習をしている様子がない。本人に聞けない質問を抱えたまま、GPシリーズからユーロまでのシーズンを過ごす。スローセックスと衣装セックス。
表紙をピヨピーさんに描いていただきました!


『グランプリシリーズ、初戦。ロシア大会は今シーズンより本格復帰した、我が国の英雄、ヴィクトル・ニキフォロフの圧勝で幕を閉じました』
 カーラジオから流れてくるロシア語を、頭の中で日本語に変換して反芻するのにも随分慣れた。
 真剣な表情でラジオに聞き入る勇利に気づいたようで、東洋人にスケートファンが多いことを知っているらしいタクシーの運転手は、さり気なく音量を上げてくれた。勇利は無意識に会釈する。
 男性アナウンサーの落ち着いた低い声をBGMに、寒々しい色をした石レンガの建物が立ち並ぶ通りを過ぎ去る。
 ロシアの首都であるモスクワ。この辺りは十月下旬でも気温がマイナスなる日も多かった。そんな極寒の地で行われたグランプリシリーズにアサインされた勝生勇利は、三位入賞というまずまずの結果を残した。
 次の試合は、来月頭にある日本大会。コーチであるヴィクトルと共に出場したロシア大会とは違い、勇利のみの出場である。だが、その翌週に行われるフランス大会にヴィクトルがアサインされているため、コーチを帯同することは叶わないだろう。
(ヴィクトルも残念がっていたな……)
 勇利の故郷である長谷津や、東京や福岡をヴィクトルは思いの外好んでいるようだった。治安が良く買い物がしやすいというのが理由らしいが、恋人という別の関係も持つ者としては、愛しい人が己の生まれた国を気に入ってくれているというのは素直に嬉しい。
(どれくらいかかるんだろうな、インタビュー……)
 表彰台に乗ったお陰でそれなりの数のインタビューを受けたが、ヴィクトルの祖国メディアからの期待値の高さは、きっと勇利が頂点に立ったとしても、逆転することなど到底ないほどなのだろう。なんせヴィクトルは幼い頃から国中に注目されているフィギュアスケーターなのだから。
 美しい容姿や身体のつくりに遜色ない、素晴らしいスケーティング、表現力。曲の解釈を緻密に振り付けに落とし込み、それを百パーセント、いや、それ以上に魅せられるのは、ヴィクトル自身だけだろう。華麗なステップと大胆なジャンプを複雑に絡み合わせているのに、失敗なんてほとんど見たことがない。
『この曲の全てを表現できるのは俺だけだって信じていれば、自然とそうなるんだよ』
 さきほど隣でインタビューを受けていたヴィクトルはそんなことを言っていた。余裕がある、勝利者の笑顔が脳裏に刻まれている。ヴィクトルはいつだって自信満々で、言葉を真実にする力がある。そういうところは、昔から見ていてもずっと変わっていない。ヴィクトルというひとは本当に凄いと、勇利は常々思っていた。
(――でも、ちょっとしんどそうだったな)
 試合後にインタビューで長時間拘束されるのは誰だってきつい。体力が人よりもあると自負している勇利でさえそうなのだから、ヴィクトルはより疲れているだろう。
 わがままな生徒の顔をして連れ出すことができれば良かったが、拠点を移動したばかりでまだまだアウェーの地で、勇利にはそれをする度胸がなかった。
 先にホテルへ戻って良いと昨日から言われていたから、その通りタクシーに乗って移動しているわけだが、やはり待っていたほうが良かっただろうか。ふつふつと湧いてくる後悔に胸がじわりと痛くなる。いつもこうやって、ああすれば良かった、こうすれば良かったと後になって自己反省するばかりだ。
(いつかは、ちゃんとしたい、けど……)
 今は自分のことで精一杯。今日の試合は悪くなかったけれどジャンプでミスがあったし、ヴィクトルとのショートの点差は十点近くあった。
 今シーズンのプログラムはかなり難易度が高かった。
 ショートは現役復帰したヴィクトルからの挑戦を受け入れた形で、全く同じ難易度のものを滑るという話になった。ヴィクトルの難易度に合わせるのは、短い時間に要素を詰め込まないといけないショートではかなりきついのだ。後半にジャンプを三本入れる攻めの姿勢に加え、ステップの難度も昨シーズン並みに厳しい。未だ、一度だって満足の行く結果を出せていない。
 そして今日行われたフリーは、難易度は最初からヴィクトルに劣っている。だが、演技構成点ではかなりの得点を狙える、心情に訴えかけるようなテーマを選んでいた。昨シーズンで好評だった「愛」をテーマにしたスケート。それを更にグレードアップした勇利が今感じる愛を原動力に膨らませたもの。曲も、美しいと思えるものを新たに作ってもらった。
 勇利の今、現在の愛を表現するためにずっと練習を続けてきた。ジャンプも、跳べるクワドは全部入れこんでいる。
 だが、実際はどうだ。十点差。胸が痛くなる。
 シーズン始まりからこんなに差を作っていたら、いつまでもヴィクトルに勝てない。
(でもヴィクトルはいつも余裕そうだし。僕はいっぱいいっぱいなの、きっと分かっているし……)
 難易度を下げようか、なんて言われたらどうしよう。それはつまり戦う前から負けが決まるということだ。そんなことは絶対にしたくなかった。ヴィクトルを越えたい。ヴィクトルを越えて世界選手権で金メダルをとりたい。それが今シーズンの勇利の目標だった。


***


「……あ、っ、あふ、っんん……」
「ヴィクトル、もっとちょうだい、誕生日、だから……」
 軽いキスを何十回もしていて深いものに移行しないはずがなかった。リビングルームで始まったキスは、食事を終えて隣に並んで片付けている間も、一緒にお風呂に入っている間もくっついては離れてを繰り返し、最終的にベッドルームに入ってもまだやめなかった。キスのしすぎで唇が腫れてちょっと痛い。互いに真っ赤になったそこを指でつんつんと押して「痛い!」と嘆きながらも、目が合うとまた飽きもせずキスを繰り返す。
「っ、んぅ……もぉ、痛い……っ、ゆうり!」
 ヴィクトルはぎゅっと目をつむって、抗議の声を上げた。はあっと息を乱した勇利は、逃げようとするヴィクトルの顎を掴む。
「だめ、今日はまだ、僕の誕生日だから……」
 お祝いしてくれるでしょう? そう問いかければ、ヴィクトルは涙目のままこくこくと頷く。キスのしすぎで呂律の回っていない舌っ足らずのおめでとう、がやたらと可愛くてぐっときた。
 勇利は我慢がきかず、ヴィクトルを押し倒した。お風呂上がりでぽかぽか温かい身体に乗っかって、ぎゅうっと抱きしめながらするキスはめちゃくちゃ気持ちいい。このまま眠ってしまいそうなほどの柔らかな心地良さで満たされる。
「ん、んふぁ、ゆうりぃ……」
 けれど、ヴィクトルの方から舌を差し込まれ、口の中の粘膜を刺激されてしまったら、目なんてあっという間に冴えてしまう。勇利の身体の中心は、どんどん熱を帯びていった。
 今日は最後までするわけにはいかないのに。
「あっ……もう、ヴィクトル……だめ……」
 試合が近いというのに、ヴィクトルはすっかりその気になっていた。まだ少し水気が残った前髪をシーツの上に散らばらせているのが無防備で、全部さらけ出してもらえている気がして、勇利は衝動を押さえきれなくなる。
(でも、だめ、ヴィクトルに負担……かけちゃう……)
 そう思うのに、頬を撫でられ、引き寄せられたらキスを拒めない。ヴィクトルはその手を勇利の下半身へ移動させる。
「勇利のここは、だめって言ってないよ」
 艶っぽい声と視線で挑発されて、勇利はごくんと唾を飲み込んだ。ヴィクトルはバスローブに包まれた身体をくねらせて、わざとそれをはだけさせる。湯上がりでピンク色をした肌が目に眩しい。う、と呟いている間に、スウェットの薄っぺらい布越しに、ついに触れられてしまった。
「は、ァ……っ!」
 大きな手に裏筋を根元から先端へ、すりすりとこすられたらひとたまりもない。そこからカクンと力が抜けてしまわないように必死にシーツを掴んで、尻を上げて四つん這いの体勢になるが、ヴィクトルの手は簡単に追いかけてくる。
「ゆうり……もうすっごく硬いのに、なんで我慢するの?」
「そんなの、試合……っ」
「来週じゃないか。勇利、来週まで溜めとくつもり?」
 信じられないというヴィクトルに、確かにそうかも、と流されそうになる。
 別に明日試合というわけではない。一週間もあるなら良いのでは、ヴィクトルの言う通りだと思ってしまったら、もうだめだった。
 ヴィクトルからの誘惑に、勇利が抗えるはずがないのだ。
「あっ……ヴィクトル、っ……ふ、……っ」
 手をするすると動かしたヴィクトルは、勇利のものをどんどん育てていく。歯を食いしばって耐えているが、もう身体は負けてしまっていて、どんどん足に力が入らなくなっているし、股間をヴィクトルの手にぐいぐい押し付けてしまう。
「……もう、下着からはみ出しちゃっているんじゃない?」
 密やかな声に煽られて、カッと顔が赤くなる。だが、ヴィクトルの言う通りだ。勇利のものはとっくに下着からはみ出しているのが分かるし、開放されたがってびくびくと震えていた。
 我慢できずに、勇利は右手だけでスウェットをずるっと、下着ごとずり落とした。ぶる、と飛び出た性器はすでに熱を帯びすぎて痛いくらいだ。
「ヴィクトル……っ」
 勇利は我慢がきかず、ヴィクトルにぎゅっと抱きついて硬い性器をバスローブの裾から生肌に擦り付けた。
「あっ……勇利っ……!」
 弾力のある肌に裏筋を押し付けてずる、と腰を振る。ヴィクトルの肌とバスローブの境目で、一人でするような身勝手な動きに、否定の声が飛んでくる。
「ゆうり、っ……や、そんなの、恥ずかしい……!」
 どの性感帯にも触れられていないヴィクトルは冷静で、だからこそ羞恥心に見舞われるようだった。ベッドマットが揺れて、身体ごと揺れているのに、性器にも胸にも、じんじんしている唇にも触れられていない。
 なのに、ヴィクトルの体温は上がっている気がする。
「や、ぁ……っ、ゆうり、触って、ね……っ!」
「っ、ヴィクトル、ヴィクトル……!」
 勇利はヴィクトルの声がちっとも聞こえなかった。目をぎゅっとつむり、自身の快楽に没頭しているせいだ。
 額から浮かんだ汗がぽたりとヴィクトルの頬に落ちる。そんな刺激にすら敏感な肌は反応してしまったらしく、ぶるっと身体が震えていた。
 ひとりで盛り上がってしまった勇利の律動は、次第に激しくなっていく。
「あっ、勇利の、あついっ……! ぁ、やぁっ!」
「ヴィクトル、ごめん、一回、っ……!」
 解放を願った勇利はぐっと歯を食いしばり、一心不乱に腰を振る。ずる、じゅる、と先走りで濡れた先端がヴィクトルの太腿と擦れて淫猥な音を立てた。
「ヴィクトル、ヴィクトル……っ、好き……っ!」
「ゆう、りぃ……っ!」
 どうしようもなく硬直するばかりのヴィクトルの身体にぎゅうっと抱きついて、勇利は射精した。早い動きから次第にゆるゆると速度を落とし、反対に息は荒くなっていく。
「――はっ、は……はあっ、っ……ご、ごめん……」
 勇利はふと目を開けて、瞬間、ヴィクトルの表情を見て我に返った。
(ぼ、僕……! 今、何して……!)
 本能に支配され切っていた。勇利は蒼白としたが、ヴィクトルは困惑を笑みに変化させる。
「良いよ……今日は誕生日だから……特別」
「ヴィクトル……!」
「でも、これだけで終わりだったら許さないから……」
 むっと頬を膨らませる、可愛すぎる怒りの表し方に、あっという間にまたその気になってしまった。
「う、うん……分かってる……」
 ヴィクトルのバスローブの裾は、勇利の精液を吸って色を変え始めていた。勇利は身体を離し、汚れを全て拭う。
「ヴィクトル、腕上げて……」
「ん……」
 そうして汚れたバスローブを脱がせ、勇利もスウェットを脱ぎ去ってしまう。互いに生まれたままの姿になったところで、生身の身体を触れ合わせ、ぎゅうっと抱きしめ合って、またキスをした。
「んっ……ひりひりする」
「僕も……明日、練習中も痛そうだね……」
「リップクリーム塗ってあげるよ」
「じゃあ、僕もヴィクトルの塗る……」
 ひそひそと、内緒話のように囁き合いながら、互いに手のひらを相手の身体に触れ、ゆっくりとなぞっていく。勇利はヴィクトルの首筋から後頭部にかけてを指先でそっと触れ、耳の後ろをくすぐる。柔らかい肌はめちゃくちゃに触り心地が良い。
「あっ、勇利、くすぐったいよ」
 笑みを浮かべるヴィクトルの頬にキスを落とす。勇利はこんなにも美しい人が自分の好きにされているという贅沢に、溢れる笑みを押さえきれなかった。

 互いに、特にヴィクトルに負担をかけないよう、気をつける。そのことを頭に置いたセックスは、ゆっくりとするせいか、逆に深すぎる快楽にヴィクトルを泣かせてしまうことも時折あった。
「あっ、……ゆ、う……りっ、も、っ……あ、あつい……っ」
 足を伸ばして座った勇利の膝の上にヴィクトルを乗せて、ぎゅっと抱きしめる。この体勢でつながっていたら、ふつう主導権はヴィクトルが持つことになる。だが今は、ヴィクトルの尻や太腿を掴み、動きを調整することで勇利が主導権を奪っていた。
「あっ……あぁぁ……」
 深く勇利のものが入り込む、串刺しになるような状態。ヴィクトルは首をそらし、勇利の肩の上に置いた腕の先を、だらりと落とした。もう力は入らないらしく、指先は勇利の背中やベッドヘッドの天板を力なく叩いている。
 つながった部分はぐずぐずに蕩けているのが分かる。けれど、勇利は慎重だった。うっかり腫らしでもしたら、明日の練習の、そして来週の大会のスケーティングに影響が残るかもしれない。ヴィクトルはいつだってセックスの名残を感じさせないスケートをするけれど、それは気をつけているからこそだと思っている。
「ヴィクトル、もうちょっとゆっくり……」
 気が急いているのか、押さえつける手を強引に退けるように腰を勝手に揺らすヴィクトルを咎めたら、喉から振り絞るような、悲痛な声が溢れた。
「やぁ、いや、これ以上ゆっくり……っ、だめ、やらぁ……」
 密度の高い熱がヴィクトルの身体を満たしているようで、浮かんだような声は濡れた甘い蜜のようだった。荒っぽい息と涙声にそそられて、こちらの体温も上げられる。
「ぁ……ぁ、ゆうり……」
 ヴィクトルは上半身に力がもう入らないらしい。ずっしりともたれかかってきて重たい身体を受け止めて、勇利はじわじわとゆるい律動を繰り返す。だがヴィクトルの前立腺にも触れなければ、奥の壁も突かない。焦らしていると言ってもいいくらいに、直接弱いところをいたぶらず、とろ火でひたすら炙るような快楽を与えていた。ヴィクトルはもう息も絶え絶えのようだ。それは分かっていたけれど、傷つけたくないという欲望のほうが強く、結果、ヴィクトルをどろどろとした熱に突き落とすことになってしまった。
「……ぁ、は……っ、ゆぅり……っ」
 ヴィクトルの震える身体を柔らかく抱きとめる。
「ぁ、ゆぅり、っ……もぉ……っ、は、ぁ……っ」