[きみのためなら]



勇ヴィク本
A5/48P/R-18
本編10〜12話の裏側妄想本。公開練習に参加しなかった日、ヴィクトル復帰会見、エキシサプライズの後、バルセロナバンケット、ミュージアムなどなど。ソチバンケ話の再録もあります。兜合わせ、対面座位と、対面立位(再録分)。
表紙をぢっタマさんに描いていただきました!


 勝生勇利は、酔っ払うと記憶を失ってしまうらしい。
 ヴィクトル・ニキフォロフがその真実を知ったのは、初めて酔った勇利を目の当たりにしたグランプリファイナル・ソチのバンケット会場ではなく、はせつで初めて想いや身体を混じり合わせたときでもない。
 それから一年近く経った、バルセロナでのグランプリファイナル前日のことだった。
 勇利の姉、真利と師、ミナコの要望に答える形で実現した、ファイナリストとの食事会。その席で勇利が放った言葉は衝撃的だった。思わず、飲んでいたビールを吹き出してしまうほど。
 勇利は、あの日の夜のことを何も覚えていなかった。
 ヴィクトルと話したことも、ダンスバトルをしたことも、そのあと――遠慮もなにもなく、本能のまま身体を触れ合わせたことも。
 通りで、おかしいと思った。
 ヴィクトルは衝撃とともに腑に落ちたのだった。はせつで過ごす夏の間にふたりは想いを通わせた。その流れの中、身体を交わらせる時に勇利は言ったのだ。こういう行為をするのは初めてだ、と。
 ヴィクトルは、そうなる前、ソチでのことを勇利はわざと言わないのだと思っていた。
 あの日の行為に後悔があるから、なかったことにしたのだと思っていた。
 けれどそうではなく、単純に、酒に記憶を奪われていた。
 勇利はあの日の、あの時間のことを覚えていない。
(信じられない……)
 ヴィクトルは、オフィシャルホテルへ戻る道を歩きながら考え込んでいた。ファイナリストや真利たちの群れの中にいるから、耳元では話し声が聞こえてくる。
 明日は負けないからね、勇利。僕だって、ピチットくん。ユリオ、応援してるね。クリス、花を贈っても良いかしら。オタベック、まだ遊び足りない。そんな、声。
 ふと顔をあげると、人の肩越しに勇利の横顔が見えた。ピチットと話す勇利は無防備な表情をしている。さっきの言葉なんて忘れてしまったみたいだった。
 その右の指には、さっきつけたばかりの金色の輪。ヴィクトルにも全く同じものがつけられている。
 明日のショートを戦い抜く、勇利のモチベーション。勝つためのおまじない。そんな風に言い訳をしていたけれど、勇利の目の色はあまりにも色が含まれていた。きっと、ふたりのこれからを約束してくれたんだ。ヴィクトルはそう認識していた。
 でも、こうなってくると前提条件がまるっと覆される。
(もしかして、俺が誘導する形で……勇利は俺のことを好きになったのかもしれない)
 はせつの海で、どの立場でいて欲しいかと問いかけたとき。恋人という言葉に過剰反応した勇利は、あの言葉で自分の中にもやもやと漂っていた、形のない感情の正体を知ったと言っていた。
 ヴィクトルはそれ以前に勇利から好きという言葉をもらっていたから、その言葉に答える形でそれを口にしていた。けれど、それは今の勇利の中には存在しない記憶だったなんて。ならば、ヴィクトルの言葉によって、勇利の感情は生まれたも同然だ。
 ヴィクトルが、勇利の気持ちに気づかせてしまった。そのままでいたら、忘れたままだったかもしれない気持ちを。
(俺は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない)
 勇利の人生を歪めてしまったのかも知れない。そう思うと、石畳を踏みしめる足の裏が、まるで粘土でも踏みつけたみたいにおぼつかなかった。
「ヴィクトル、どうしたの。結婚した男の顔とは思えないね」
 ぽん、と肩を叩かれる。振り向くと、いつの間にか横にはクリスがいた。蒼白とでもしているのか、クリスは心配するような視線を向けていた。
 誰にも知られたくない、こんな事実も、こんな感情も。
 だからヴィクトルは、わざとむっと頬を膨らませた。
「だからこれはエンゲージリングなんだよ。勇利の金メダルで結婚なの」
「ファイナリストの俺に、良くそういうことを言うよね」
 はあっとため息を吐かれ、さすがに配慮がなかったかと押し黙る。クリスはぽん、ともう一度肩を叩いてきた。その手は温かく、ヴィクトルの不安を知られているような気がした。
 つい口を開きかける、けれど、すぐに閉じた。
(だめだ……明日はショートなんだ)
 クリスも、勇利も。こんな気持ちを前日の夜にぶつけて、演技に支障があったらどうする。
 勇利を動揺させたくない。クリスに迷惑をかけたくない。
 そう思ったヴィクトルは、クリスの憂い顔を解消すべく、うまい言い訳を考えてその場を切り抜けたのだった。

 ショートプログラムで勇利はジャンプのミスをして百点台を逃し、四位に収まった。だが点差を見ればまだまだ逆転できる範囲内だ。それもあってか、ミックスゾーンで取材を受ける勇利は意外と落ち着いているように見えた。
 けれど、勇利は何かを考えているみたいに見えた。それは、ふとした瞬間に視線が揺れ動く、それだけでヴィクトルは分かった。

***

 一旦離れてスラックスを脱ぎ捨て、勇利はスーツケースの中からパッケージを持ってきた。
「なに、持ってきてたの?」
「いや……かなり前にどこかの大会で配ってて、その時にもらったやつ……」
 くしゃくしゃになったパッケージを見て不安になる。かなり前っていつだ、大丈夫なのかと思ったけれど、しっかり封がされていたようで中身は無事なようだった。
 しかし試供品だからか勇利のサイズには合わないように見えた。けれど、勇利はそれを潤滑油の代わりにするつもりだったようで、性器ではなく指にコンドームを被せる。
「来て、ヴィクトル」
「ん……」
 ヴィクトルは再び勇利の膝の上に乗り上げて、身体を持ち上げる。膝立ての状態でベッドの端にいるのは不安だったけれど、勇利の左手はしっかりとヴィクトルの腰に回って支えられた。
「いれるね?」
 勇利はするすると窄まりの周辺を濡らしたあと、ゆっくりと押し付けてくる。コンドームをつけているため最初から日本の指が入ろうとしてきて、ぴりっと痛んだ。
「あっ……」
 ヴィクトルが痛そうな素振りを見せると一旦抜いて指の腹でそこを撫でたり、揉み込んだりしてゆっくりと緩ませていく。
「あ……っ、ぁ、は……っ」
 勇利は目の前にあるヴィクトルの乳首に唇を触れさせ、何度もちゅ、と吸い上げてくる。その微妙な刺激にぴくぴくと腰が揺れた。耐えるようにぎゅっと勇利を抱きしめると、まるで乳首を押し付けるようになってしまって、ついに歯を立てられる。
「あっ……ゆうりぃ……こっちも触って……」
 片側だけだと落ち着かなくて、ヴィクトルは乳首をいじってと強請る。その行為は流石に羞恥が湧いて、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。
「ん、ん、っ……ヴィクトル、甘いね、ここ……」
「そんなわけ、っないだろぉ……」
 恥ずかしいからそういうこと言わないでよ。ヴィクトルは勇利の首の後ろをぐいぐいと押しながら心の中で叫ぶ。
「いたたっ、ヴィクトル、痛いよ……」
 そんな甘ったるいやりとりをしながら、勇利は根気強くヴィクトルの窄まりを柔らかくしきった。
「あっ、ああ、っ、もぉ、や、ぁ……っ、苦しい……」
 そんな風にヴィクトルが、快楽が過ぎて泣きそうになるくらいに根気強く。
「ヴィクトル、そろそろ……良い……?」
「もぉ、はやく、お願い……っ!」
 ヴィクトルは耐えきれない、早く貫かれて、強い刺激を請けて達したいと、そればかり考えていた。前立腺をぐいぐいと押されるのに、射精を許されなかったからだ。
 ゆさゆさと恥ずがしげもなく腰を振り、勇利を官能的に煽る。はっはっ……と浅い息を吐いて、熱すぎる身体を重ね合わせた。
「ん……いれる、ね……」
 ガクガクとして、いつの間にか勇利の太腿の上にぺたりとついていた身体を持ち上げられ、痛そうなくらいに張り詰めた先端が押し付けられる。くちゅ、と音が立って、それはヴィクトルが濡らされたものか、勇利の濡れたものなのかは全く分からなかった。ぶっとびそうな頭で、とにかく勇利の熱がほしいと、ただそれだけを願う動物のようになって、腰をゆっくりと下ろしていく。
「あ、あ、あ……っあ、は、ぁっ〜〜、」
 天に顔を向けて、だらしない声を上げる。それくらい勇利のものを待ち望んでいたと、身体全部が言っていた。勇利も気持ちよさそうな吐息を零している。ヴィクトルと同じく先程の一度以来、達していないから、すぐにでも出してしまいそうだった。
「ん、っ、おくまで……ちょうだい、ゆうり……」
「あ、だめ、いっちゃうかも……」
「やぁ、やだ……っ、おく、おくにかけて……」
 早く早くと気が急いて、痛みも感じたがそれ以上に欲しくて、ヴィクトルは多少強引に腰を落としていく。勇利がやりすぎるというくらいに解していたから、幸い傷はつかなかったようだ。
「〜〜、もう、ヴィクトル……あんまり無茶しないで……」
 強引な結合は勇利にも負担だったのか、荒い息を首の辺りに感じた。濡れた前髪が鬱陶しくて、犬のように首を振る。ヴィクトルはあともう少し、を身体の力を抜くことで達成して、ぴったりと嵌まり合うみたいな、勇利との奇跡のような愛を感じて、ぶるっと身を震わせた、
「あ……っ、あああぁぁ〜〜っ!」
「えっ、ヴィクトル、……っ、うぅ、っ!」
 ヴィクトルはぷしゅ、と弾けるような勢いで精液を漏らしてしまう。痙攣のように身体が震えて、勇利はその強い締め付けに、後を追いかけるように、ヴィクトルの奥に飛沫を叩きつけるのだった。
(ゆうりのが、すごい、おくに……っ)
 びゅ、びゅる、と音が聞こえてきそうなほど、勇利の精液がヴィクトルの中に注がれるのを感じて、ヴィクトルは目頭をうるませる。
「ゆうり……」
 見下ろすと、勇利はヴィクトルの顔を引き寄せて、浮かんだ涙を舌ですくい取る。優しく、愛しむように。
「……本当は、あのとき、こうもしたかった」
 つい前髪なんてめくっちゃったけど、と言い訳する勇利に、今この瞬間に言うことではないと咎めたかったのだけれど。
「あ……ヴィクトル、ごめん……もう一回……」

***

「えっ、勇利……?」
 先ほど抱きつかれた感覚をまだ身体が覚えていた。暗い中でこんな状況になっていても不安を覚えないのはそのせいだろう。自分より小さくて硬い身体。思いのほか強い腕の力を思い出すのは、手首を引かれて強引に身体を前へ傾けさせられたとき。
「――っん!?」
 唇に触れたものは柔らかくて熱くて、酒のにおいがした。他人の唇だと気づいて反射的に顔を上げかける前に、後頭部に手が回る。大きな手。熱い。
「っ、んん!? んっ、ふ、…あッ……っ…」
 舌が、差し込まれてめちゃくちゃにかき回される。もしや初めてなのかと思うほど、全く慣れきっていないキス。歯がガチガチぶつかり合って気持ちいいところをかすりもしないし、舌の動きもぎこちない。けれど、目を閉じて没頭してしまう。足元からあたたかいお湯に浸されるような心地。
 背中からふわりと浮いてしまいそうな心地がする、勇利とのファーストキス。
 ぐいぐい、性器に太腿を押しつけられて、無理に性感を高められる。勢いだけの強引すぎるアピールは、ヴィクトルの手が勇利の背に回っていなかったらレイプにしか見えないだろう。
 ヴィクトルはそんな拙くも強引な愛撫に感じてしまい、身体のラインに沿って作られているボトムスが引き攣れてしまったことに気づいた。中心に熱が集まっている。
「ハッ、は、ぁ、っ…ヴぃくとる、ヴぃくとぉ……る」
 浮ついた目尻、けれど強く見据えられ、とろとろ呂律が回らない舌でキスをしながら必死に名を呼ばれるなんて、どんな映画でもポルノでも見たことがないし、体験したこともなかった。心がざわついてしょうがない。
「ぁ、ゆう、り……っ、ふ、…ッあ、んんっ」
 勇利の手は頭を掴んだままだ。愛撫ということを知らないらしく、ヴィクトルは気持ちで感じすぎて震える手を勇利の背に回し、こうするんだよと教えるように優しく、けれどセクシャルな動きで撫でおろす。
「んっ、ん……気持ちよか……ぁ、ヴィクトルは、手も気持ちよかね……、くちも、全部、だけど…それに、いい匂いがする」
 勇利はぶつぶつと何かを呟いていて、キスは解けてしまった。すこし物足りないと思ってしまっている自分をはっきりと自覚して、ヴィクトルは、勇利の身体を引いて抱き寄せ、自らの背をぎゅっと壁に押しつける。
「ヴィクトル?」
「ゆうり、もっとして……?」
「なに? キス?」
「うん……」
 瞼をすこし伏せて近づけば、まず睫毛が勇利の顔に触れる。そのまま身をかがめていけば、キスだけでぽってりと赤くなっていることがうっすらと見える、勇利の唇はすぐそこだ。
「んっ……」
 喉の奥から甘い声が零れた。勇利は子供のようにされるがままで、けれど、ヴィクトルが舌を動かせばぎこちない動きながら応戦してくるところは、はっきりと男だった。
 身を寄せ合っているから分かる。勇利のものも兆してボトムスを盛り上げていた。自らのものよりもずっしりと重そうなそれが太腿の付け根に触れるたびに唾液が舌から溢れてくるのはなぜだろう。勇利は腰を揺らすと気持ちいいことに気づいたのか、ヴィクトルの脚に性器をこすりつけてくる。動物みたいだ。
「あっ、ゆぅり、そんな……っ」
 あまりにも下品で性急な動きにヴィクトルは羞恥でいっぱいになった。顔が熱くてしょうがない。脳味噌まで焼かれてしまったような現実感のない心地で、ヴィクトルは、ふらふら覚束ない手を勇利の尻に回した。ぐっと掴む。思った以上に硬いそこは、何度も何度も氷の上に打ちつけたのだろう。ほかにも、発達した太腿や、割れた腹筋、背中まで乗った筋肉は、さっきのダンス中に沢山見た。きっと足は痣だらけなのだろう。
 愛しいスケーターの身体。そう思うと身体が火照った。
「勇利、ゆぅり……」