甘いあなたを食べたい

2015/10/18(日)J.GARDEN39ペーパーSS。「スイーツ」をお題にスイーツ男子×年上彼氏。


 彼氏の趣味はスイーツ店巡り。
 その言葉だけならばはいはいノロケノロケ、だったりとか、彼氏が彼女のスイーツ店巡りにも付き合ってくれるなんて最高、なんて言われたりするのだろう。
 そうならないのは、彼女の方が甘いものが好物でない――からではない。甘いものは嫌いではない。限度があるとは思うけれど。
 そうではなく、論点は彼女ではなく自分も彼氏ということであって、つまり男同士で自分達は付き合っていて、結果、男ふたりでデートにスイーツ店、という世にも物珍しい光景が広がっているというわけだ。
「せめてスーツで来るなよ……」
 新入社員になりたての彼は、休日出勤の帰り道。自由業の俺は、それなりに気合が入ったデート服を着ているというのに。そんな組み合わせは女子だらけのファンシーな店内では目立ってしょうがなく、好奇の視線が痛すぎる。
「別にそんなの、気にしなくていいじゃん。あー、美味しい」
 頬が落ちそうな顔をして、彼はパンケーキをほおばる。上に炙ったマシュマロが乗って、チョコレートソースがかけられ――という甘いものの上に甘いものをかけた食べ物は、さすがに胃がうっとなる。年齢の差だとは思いたくない。
 自分はというといわゆるおかずパンケーキというものを食べている。甘いパンケーキの横に添えられたチキングリル。塩のきいたそれと甘いパンケーキを交互に食べるのは結構いける。と言うと、甘いものが主食と言ってはばからない彼は変な顔をする。
「俺からしたら、そんな甘ったるいもんを毎日毎日食べられるお前の気が知れねぇ」
「美味しいのになぁ……」
 これだけ甘いものを毎日食べていれば、体が甘ったるくなるんじゃないか。そんな世迷言を浮かべて、すぐに打ち消す。
 とっくに体は重ねていて、唾液の味も、肌から滴る汗の味も知っている。精液の味すら。別段他の男と変わらない。
「付き合ってやる俺に感謝しろ」
「それは、感謝してるよ。やっぱりこういうお店は、ひとりじゃ入りづらいし」
「男ふたりってのもどうかと思うけど」
 マシュマロが乗ったパンケーキを奪ってひとくち。甘い。顔をしかめたら、笑われる。
「こんな甘いの、好きなやつの気が知れねぇ」
「ひどい。甘いもの好きに市民権がないみたいな言い方しないでよ」
「はーいはい」
「もう……ほんとひどい。……でも、僕にとってのスイーツと同じくらい、そんなあなたのことが好きなのって……何だか報われないよね」
「甘いものばかり食べているからそういう甘いことばかり言う口になるのか?」
「ひどいよ、三波さん」
 彼は笑って、頬についたスポンジくずをはらってくれる。俺はあまり食べるのが上手ではないから、外食は好きじゃない。でも、彼とデートのときは大抵甘いものを食べる店に連れて行かれる。それを許容しているのは、彼が幸せそうな顔で甘いものを食べるからだ。それを見るのが好きだった。

 *

「甘いならあなたも食べることができるのに。甘くないから残念」
 年下の彼氏は時折そういう怖いことを言う。平成生まれと昭和生まれのジェネレーションギャップだと最初は思っていたけれど、多分彼は本気で思っている。
 たまに噛まれるし、たまに本気で食べたいような目で見ているから。俺は甘くないのに。甘くなくても食べたいなんて、甘いものばかり食べている彼に言われたら、それはもしかしたら至上の愛の告白かもしれない、なんて。――ああ、彼の愛に、俺も毒されているのかもしれない。
「そういうことを、最中に言うな。こわい」
「本気にしてくれるんだ。やっぱり、三波さんは素敵だね」
 これまでは本気にされなかったと言外に言って、嫉妬心を煽ってくる。過去の恋人の話に怒るふりすらできない性格が恨めしい。本当は、嫉妬で煮えたぎりそうなのに。彼は俺のことを好きだと言ってはばからないし、押して押して押し倒して、付き合ってもらっていると思っている。
「っ……、ぁ、もう、しつっこい」
 足蹴にする勢いで抗議する。熱くてしょうがない。
「ひどいなぁ。僕の楽しみタイムなんだから、付き合ってよ。今日、仕事がんばったでしょ?」
「休日出勤は自分の責任だろ。映画、行けなかったし……」
「映画行きたかった? ごめんね、パンケーキ食べて僕の家直行でさ。でも、なんだか……」
 持ち上げた膝に口づけられる。かさかさの唇がくすぐったい。ぐずぐずに蕩けた窄まりは無意識に伸縮して、彼が来るのを待っている。
「っ……なに」
「怒んないでね? 三波さんが、したそうな顔してたから」
「なっ……」
「たまにだけど、僕が甘いもの食べてるときにそういう顔してる。俺が代わりに食べられたい、みたいな顔?」
「っ……な、ざけんな、お前……っ」
「怒らないでって言ったじゃない。それより、もう限界」
「えっ? あ、っ、そんな、いきなり……っ」
 待ち望んでいたそこに熱い杭が打たれて、それでも素直に感じることなんてできない。――そう思っていたのに、飢えていた体は彼のものをするりと受け入れ、更に離さないというようにきつく締め付ける。心と体が全くかみ合っていない。
「ごめんね? 僕が最近忙しいから。欲求不満にさせちゃったかも」
「るさ……い、黙ってヤれ」
「ふふ、僕のスイーツみたいに、三波さんも僕がいないと一日だってがまんできないって、そうなればいいのに」
 もうそうなっていることを知っているような口調で言われて、身の置き所がない。恥ずかしくて消えてしまいたい。
「っ……あ、もう……」
 中の蕩けたところを攪拌されて、もう何も言えなくなった。こういうときにだけ好き勝手に言う彼を、憎らしいと思いつつも憎めない。結局押し流されて、若い彼の体力に負けて、終わった頃には言い返すことも忘れている。いつものパターンだ。甘いもの好きだから甘ったるいことしか言わないわけじゃなく、むしろ思ったより口が達者な恋人は、こうして言い負かしてくるから性質が悪い。
 彼は好物の前に涎を垂らす動物のような表情になって、ラストスパートを仕掛けてくる。それに翻弄されるばかりの俺は、結局終わった後にテイクアウトしたケーキを奪って食べるくらいの復讐しかできないし、その後その唇を奪われて何度目か解らない交わりに再び興じさせられたりして、やっぱり年下はこわい、と強く実感させられるのだった。