年の差恋愛スタイル

2015/3/21(月・祝)J.GARDEN40ペーパーSS。二十歳×不惑。


 恋人が成人した。それはとてもめでたいことだ。もろ手を振って祝いたかった(できなかったけれど)だが、それは同時に自分が不惑に達したということでもある。不惑。なんという言葉だろう。語源は論語の四十にして惑わず、から。人生の方向が定まり、迷わなくなる年と言われているが――そんな年になってまで、自分は迷って、戸惑ってばかりだ。
「だから、なぜ成人の祝いが俺から奉仕することなんだ!?」
「だって先生、いつもしてくれないし」
「先生と言うのはやめなさいと何度も言っているだろう!」
 そういうことである。
 彼が数年前、まだ詰襟の学ランを着ていた高校生の頃。その頃から二十歳の年齢差は変わらないが、まだ自分の中で三十七歳だし、みたいな謎の楽観があった。だがそれも押しに押されて押し負けて、恋人同士となり、年を重ねて三年である。
 三年。三年もこの元男子高校生と関係を続けている。そして自分はついに四十歳だ。不惑の年。これはもう、観念するしかないのか。
 いや、そんなことはないはずだ!
「あのな辰巳。俺はいつだってお前に譲歩しているつもりだ。どうしても一緒に暮らしたいって言うから親御さんに土下座した。その時俺がどうなったか知っているか?」
「複雑骨折」
「そうだ。お前の親御さんは空手の師範代だ。かなり硬派なその親御さんに関係をカミングアウトして、土下座して謝って、それでも認めてくださいと泣いて頼んで、殴られて吹っ飛んで骨折したんだ」
「先生、好きだよ」
「だから、先生と言うのはやめなさいと言っているだろう!!」
 全く話が通じない。年々生徒とのジェネレーションギャップは開く一方だが、この元生徒は特に独特の世界を生きている男だった。なんせ、二十歳も年上の同性の教師に対して欲情し、滾った一物をいきなり押し付けてきたのだ。あの時の俺の叫び声は、世界一情けなかった。今も覚えている。
「そんなに俺との馴れ初め、覚えててくれてるのか。やっぱり先生は俺のこと大好きだよな」
 嬉しそうに言って、辰巳は抱きしめてきた。親御さんのDNAをしっかり受け継いだ立派な体格で、今も大学で空手の腕を磨いている。正直重たい。
「親だって認めてくれたし、早く結婚したいけど、先生が無理だって言うから我慢してるんだ。二十歳のお祝いくらい、くれよ」
「いや、だから何度も言っているが男同士では結婚できないし、俺を先生と呼ぶな」
「名前で呼んでってこと?」
「苗字にさん付け!」
「もう、先生うるさいよ。下の階の人に怒られる」
 話は終わりとばかりに、さっさと服を脱ぎだす恋人。同時に服を脱がされて、あっという間に貧相な体が露になる。
(俺の人生って何なんだ……)
 ここで抵抗しても力で押し負けるのは長年の経験で分かっている。大人しく身を任せていれば気持ちよくなることも教え込まれた。だからこういうときはほぼマグロの俺に対して辰巳が不満に思っていることは知っていた。
(だからって、俺からほ、ほ、奉仕とか……出来る訳がないだろう!)
 自慢ではないが堅物で真面目一筋、初めての恋人が今の恋人で、とっくに魔法使いなのだ。しかも、きっと恐らく、このまま一生童貞だ。
(いっそ魔法が使えたら……)
「あ……っ……」
 辰巳に触れられると体がおかしくなる。勝手に火照って、汗が流れて、頭が働かなくなるのだ。これはきっと病気だ。何年もかけてじわじわと進行が進んで、年々ひどくなっている。今では指で胸を弄られるだけで達したり、強く抱きしめられただけで達したりする。病気だ。治療方法はあるのだろうか。
「あ、あ……たつみ、だめだ……」
「先生、すっごく気持ち良さそう。俺も気持ちよくなりたいなー」
 胸元と性器を同時に弄られて俺は身も世もない声を上げた。四十歳の男の喘ぎ声なんて不気味でしかないはずなのに、太股に当たっている一物が怖いほどに硬い。怯えて震えていたら、辰巳は体を離してズボンのベルトを外した。
「ねえ先生、これ、舐めてくれよ」
 かさついた唇に痛いほどに張り詰めたものが押し付けられる。ぬるりと滑るそれを前に、なぜだか唾液を飲み込んでしまったのは、きっと暑いせいだ。体が熱いから、仕方がないんだ。
「……成人祝いパーティさせてくれたら考える」
「恥ずかしいからほんとはやだけど、先生が奉仕してくれるなら我慢するよ」
「何でお前が我慢する側なんだ……」
 おかしいだろうと言っている間に、口の中にそれが入ってきた。うかつにも口を開けてしまっていた。
(これは罠だ!)
 まだ了承していない。考えると言っただけなのに。
「んん、んぐ、っ……くる、し……」
「あ、ごめん。先生が口でしてくれるとか思ったら嬉しすぎて」
 腰を引いた辰巳は、そろそろと髪を撫でてくる。最近薄くなった気がするのは、こいつに散々撫でられているからか、こいつの訳の分からない言動のストレスか――。
 熱すぎるものは口の中を出入りして、必死に舌を使って押し戻すが、きっとただの奉仕になっている。思う壺だった。悔しい気持ちが浮かんでくるが、逃げる気になれないのはなぜなんだろう。
(これが気持ちいいことを知ってるからか?)
 散々されてきた行為だ。辰巳はこんな貧相な体を殊更気に入っていて、いつだって触れてくるし、舐めてくるし、押し倒してくる。四十ともなれば一日に一度達するのさえ難しいはずなのに、若い精力に付き合わされて一日に何度もイかされる。最初は大抵口で奉仕されるが、いつも気持ちがよすぎてあっという間に達してしまうのだ。それを知っているから、辰巳にも体感して欲しいという気持ちがないわけではない。
(でも……もう、限界)
「っ、くる、し……も、む、り……」
「待って、もうちょい」
 後頭部を捕まれて、ぐっと喉の奥を突かれた。
(ちょっ、何、苦しい、まじで苦しい!)
 えづきそうになるのを必死にこらえていると、がつがつと唇をまるで性器のように扱われた。
(こいつ、ほんと最悪……)
 苦しさに涙目で睨み上げる。――だが、その気持ち良さそうな顔を見ていると、なんだかどうでもよくなってしまった。
(……成人祝いはめちゃくちゃ盛大にしてやる。一生に一度しかない成人祝いを俺が奪ってやるんだ。やーい、悔しいか。でも、誰にも絶対に譲らん!)
 結局そういうことで、三年も付き合っている時点で、俺はこいつ以外もういないと思っている。
「っ、せんせ、いく、いく……っ」
「んんんんっ……」
(えっ、まじで、出すつもり、っ〜〜〜〜)
 とはいえ今日の件に関しては、後で絶対に仕返しをしてやると心に決めたのだった。