学生服のにおい

2015/10/2(日)J.GARDEN41ペーパーSS。学生服のにおいに欲情する。


 毎日恋人が袖を通している学生服。通称学ラン。己も中学生のときに身につけていた。詰襟が苦しくて、何となく動きづらく、重さもそれなりにある定番の制服。ハジメは高校に進学するとブレザーになって、気楽だと思っていたが。
(ストイックな色気ってのを感じるのは学ランだよな)
 恋人が参考書を解く横顔を盗み見、とっくに社会人となって私服で働く職につき、制服やネクタイなどという記号から遠ざかって久しいハジメには、随分と非日常に見えてしまう。
(だからこそ魅力的に見える――……いや、恋人の欲目か?)
 随分年下だということを感じさせない大人びた外見の恋人は、今も己の熱視線を黙殺し、素晴らしい集中力で勉学に励んでいる。
(そいや学ランって毎日洗うもんじゃないよなあ……ってことは)
 においフェチのつもりはなかったが、相手がべた惚れの年下彼氏となれば話は別だ。汗ひとつかいていないような涼しげな風貌で、しかしその服を洗いもせず毎日着用しているとは。
(何てえろいんだろ……)
「何?」
「へ?」
「そんなにいやらしい目で見て。いけない人だな」
 考えていることは垂れ流しだったようで、意地悪く微笑んだ恋人に一体何をされてしまうのか。それを想像しただけで、我慢のきかない体は疼いてしまうのだ。

(においに包まれてる、なんてもんじゃない)
 恋人が脱いだ学ランの上着を何も身につけていない身体に着せられる。すべりの悪い生地に汗っぽいからだが擦れて張り付いて、気持ち悪い。だが少しでも身じろぎするたびにそこかしこから恋人のにおいがあふれてうる。頭が沸騰したように、下からぐつぐつと煮えたぎらされる。
(熱い、あつい、)
 向かい合って膝の上に乗るなんて、初めてじゃないのに。恋人の制服を身につけているだけで、どうしてこんなに燃えてしまうのだろう。熱くて仕方がない。下を向いて息を逃がす。
(あ……そういや、服)
 恋人は学ランのズボンを身につけたまま。恥ずかしいところだけを露出させている。獣のように即物的だ。
 同じ服の上下を共有しているのだと気づくと、何とも言えない気恥ずかしさに頬が熱くなる。
「は……ぁ、は……」
「はじめさん、息上がってるよ」
「るさ、い、現役高校生に、かなうわけ、ない……だろ、っ……」
 苦し紛れにどん、と背中を叩いてやる。運動部にも所属している恋人は、これくらいではびくともしない。ひがな一日家に篭ってキーボードなど叩くような職業の自分は、敵うことを考えることすらおこがましい相手だ。
「は……ぁふ、……ふ、」
「鼻で息してる。そんなに、俺のにおいが好き?」
 ひそやかな声が耳元に落ちてきて、背筋から震える。力が抜けて、恋人の肩にぐったりと顎を乗せた。その声はずるいと言う余裕もない。耳元で笑い声が聞こえる。憎たらしくて、その耳を噛んだ。
「いてっ……そんなことしてるとはじめさん。俺、悪戯しちゃうよ」
「……っ、ふ、ぶっ……」
 突然顔に覆いかぶさったものは恋人の学ランだった。一体いつの間に肩から落とされていたのか、ついでに押し倒されて、顔だけを隠したような状態にさせてしまう。
「っ、やめ、ぁぁ!」
「そんなこと言いながら、後ろ絞まってる」
 ぐいっと腰を入れられて、奥を突かれる。衝撃にも近い快楽に、ハジメは息を乱すことしかできない。呼吸をするたびに目の前の黒いものからにおいが溢れてきて、ハジメの鼻腔を容赦なく侵していく。
(いいにおいがするわけじゃない、それなのに……)
 興奮が止まなくて、無意識に腰を振った。あまりにもはしたなく、浅ましい様。学ランで隠されているお陰で顔を見られないのは、寧ろ幸いだった。
(好きで好きでしょうがないって、においすら好きだって、すっかり暴かれている……)
 何だっていい、においでなくとも、恋人を構成する全てを愛していると、見抜かれきっていて。
「は……、すごいね、ぐっしょり濡れて、ぐずぐず」
「ああっ!」
 指先で性器に触れられて、擦られる。それだけではしたない声を上げて、息が荒くなる。大きく息を吸い込むたびに、においが体中を満たしていく。
(こんなの、だめだ、もう……)
 恋人のにおいしかしない空間で、ハジメは理性を手放していく。
 それなのに。
「――あっ!」
 突然視界が開いて、熱が篭って熱くなっていた顔がすうと涼しくなる。思わず瞼をつぶり、おそるおそる開くと――。
「やっぱり顔が見えないのはつまらない」
 恋人が見下ろしていた。少し目を眇めて、拗ねているようで。年相応に見えて、ハジメは微笑む。
「その笑顔、やめなよ。余裕たっぷりって感じ。ムカつく」
「じゃあ、俺の顔、もっと崩してみろよ」
「……言ったな?」
 体力も有り余っている高校生を煽って、馬鹿なんじゃないかと思う。けれど、余裕を失っている自分のように、恋人にも、すっかり夢中になってもらいたい。
 小さな部屋の中に余裕のない声が響く。声は重なる。そして、強く抱き締められて――。
「あ、あぁ、っ……も、ぁ、強い、っ……」
 深く深く押し入られて、息も絶え絶えになったとき。
(汗の、におい……)
 ふとかおった首筋に、鼻を擦りつけたのはほとんど無意識のことだった。