タキシード

2017.10.1参加J庭ペーパーSS。「タキシード」をお題に後輩×先輩。


「やっぱり良いね」
「似合いませんよ……」
 俺の恋人は謙虚だ。恵まれた体格に端正な相貌、それに謙虚で誠実な性格までついてきて、おおよそ俺のような男に捕まるなんてもったいないと思わざるを得ない。未成年で将来有望なのも良い。反して俺の方は、顔は綺麗だなんだと言われるものの三十路近く、痛んだ髪が薄い色素をもっと薄く見せ、生っちょろい身体は恋人に軽々抱き上げられてしまう。どうしてこの恋人が俺のことを心底好いて、同じ仕事につくために並々ならぬ努力をしているのか全く分からない。
 そんな俺たちは二人してタキシードを身に着けている。夢見がちな結婚ごっこ……ではなく、仕事だ。仕事上のパートナーでもある恋人は、大きな身体に黒いタキシードを身に着けることで洗練され、社交界の女性たちを大いに沸かせることたろう。
 俺はその隙に目的を遂行するというわけだ。全く理にかなっている。
「俺にもホルスターください」
「だめだめ、似合わないでしょうが」
 いい男はそこにいるだけでいいの。狭い衣装室でぴったり体をくっつけて言えば、うっという声と共に顔が高揚する。全く物慣れることがなく、ハニートラップの適性が皆無の恋人は、ただただ可愛い。
「あなただけに汚れ役をやらせるわけにはいきませんよ!」
 本日の仕事は簡単な人間処理。パーティで女を侍らせてでれでれしている政治家の男を、俺が美しいと称される顔で釣って庭におびき出して撃つ。恋人の役目は庭に人が近づかないように牽制すること。これ以上ない適材適所。
「先輩に花を持たせなさいよ」
「こういうのは後輩の役目です」
「だめだめ、いざというときに俺を抱えて塀を飛び越えるのがお前の役目だよ。それに、俺の華麗なる暗殺シーンを拝めるなんて貴重なんだから、勉強しなさい」
 とっくに引退を決め込んでいた俺を真面目な仕事人へ戻すことに成功した恋人は、一体どれだけすごいか全く自覚がない。どんな大金でもスリルでも、もう俺の心は動かない。俺の心が掴まれるのは、可愛い恋人のおねだりだけ。
「……分かりました」
 ここまで言ってもまだ不満げな顔を隠さない恋人に、俺は更に距離を近づけて首の後ろに手を回す。ぐいっと顔を落として、あと三ミリのところまで唇を近づけた。ふっ、と息を吐く。
「なあ知ってる? 恋人が服を贈るのは、それを着せたあとに脱がせたいからだって。そんなときに無粋なホルスターなんて邪魔なの。わかった?」
 目を細めて笑みを浮かべれば、簡単に釣れてしまう恋人は、暗殺者としてはもう一度叩き直す必要があるが、恋人の反応としては百点満点だ。
「分かりました」
 今度は納得した声を上げた恋人を褒めるように、俺は景気づけの口づけを許してやった。

 無事に仕事を完了したあとのセックスほど気持ちいいものはない。硝煙と血の臭いをまとわせながら、汗だくになって絡み合う。タキシードはとっくに床の上。ホテルのベッドはスプリングが硬くて、揺れが少なくて気持ち良い。
「あっ、は……あ、っ……んん」
 恋人のタキシードは彼の身体に纏われたままだから、見下ろしてくるそれをしっかり堪能することができる。服を着ているから随分暑そうで顔が真っ赤になっているのが可愛らしい。
「んんっ、ふ、ぁ……あつい?」
「あなたがあついです、」
 好きです、と言われるときの声音でそんなことを言われてカッと熱くなってしまった。俺は汗でべたつく首筋に指を絡ませて、引き寄せる。今ここで指に力をいれたらこの男は死んでしまう、と考えることは忘れなかった。いつだってそういうことを考えてしまう。相手が恋人であったって。
 タキシードのスラックスだけ寛げている状態は間抜けにも思えるのに、どうして愛おしさが増すのだろう。そういえばせっかく買って着せたのに脱がしてやっていない。そう思って緩んでいるタイに手をやって解こうとするが、快楽にどっぷりと浸かっているせいかだんだんと指がおぼつかなくなっていた。
「何を遊んでいるんですか」
「脱がしてやろうと思ったんだよ」
 俺が着せたんだから。それに暑そうだ。そう断片的に言い募ると、彼は嬉しそうに笑んでだったら、と全部明け渡してしまう。
「……お前、そんなに無防備だとすぐ死ぬぞ」
「大丈夫です、こんな風になるのはあなたにだけ」
「だったら俺に殺される」
「そんなの、本望ですよ」
 いつか殺してくださいね、なんて何年も年下の男に言われたいセリフとしてはかなりランクが下だろう。だが、俺は嬉しかった。ふふ、と笑み崩れると、彼は同じように笑った。
「……ん、もう最後までして」
「中に出して良いですか?」
「だめ、明日も仕事……」
「仕事熱心ですね……」
 仕方ない、と彼は突き入れる動きから引き抜く動きを重点的に移行した。俺は排泄するような感覚に苛まれることになり、うう、と情けない声を漏らす。うっかり他のものも出てしまわないか心配で何度も結合部を見下ろすと、ぐちゃぐちゃに濡れている自分のものが違いの発達した腹筋に挟まれてもみくちゃにされているところとかがつぶさに見えて落ち着かず、結局諦めて彼の首に縋った。
「ん、ん、っ、はぁ……っ!」
「……、くっ……」
 俺たちはほぼ同時に達して、息を荒らげる。全力疾走したくらいでこんな風にならないくらいは鍛えているのに、やっぱりセックスでは消耗してしまうから不思議だった。何度やったって、この充足感と眠気には抗えない。
「あー……腹、拭っとけよ……」
 恋人はしっかりと言いつけを守って俺の腹はぐずぐずだった。自分のものと彼のものが混じり合う、なんてちょっと倒錯的な気分になりつつも悪くない。だがもう眠くて、俺は言いながらすぐ眠りについた。そして起きたときにはもう組織の移動車の中。彼に身綺麗にされて抱え上げられて、ずっと膝枕されていても気づかず、すっかり寝こけていたわけだ。
 起き抜けに呟いた言葉はこうだ。
「……あ、結局脱がせられなかった」
 またフォーマルなパーティに潜入する殺しが依頼されないだろうか。そう言った俺に彼は苦笑し、運転手は訳が分からないと首を傾げた。