[秘密の放課後]

120102
オリジナルGL。馴れ初め。


放課後の校舎に響くのは低いギターの音。
その音に誘われるようにして、私はそこへやってきた。
「誰か……いるの?」
そんな風に独り呟きながら。最初は、そうだった。数ヶ月前の出来事だ。

今は手に持っているバスケットが先生に見つからないようにこっそりと、けれど揺ぎ無い足取りで。
「美奈」
小さく呟きながら木の扉を横に引けば、響いていた音はほんの少しだけ小さくなった。
「あやちゃん」
笑う少女は、私と同じ制服を着ている。
いつも同じ位置。積み上げられた机や椅子の、一番手前。少しスペースが出来ているその前。
まるでステージの上に足だけ下ろして腰掛けているような。だから私は彼女の目の前の床にいつも腰を下ろす。ちょうどカーテンの隙間から光が零れていて、そこだけ歪んだ四角形の座布団のように見える。

足を組んでアコースティックギターを鳴らす少女と初めて出会ったのは、たまたま忘れ物をした放課後のこと。
教室から音楽室へ、向かっていた時。聞きなれない単音に惹かれて、ふらふらと引き寄せられたのがはじまりだった。

「今日はクッキー作ってきたよ」
「わっやった。私あやちゃんの作るお菓子大好き」
ギターを置いていそいそとこちらに近づいてくる少女に私はにんまりと笑みを零した。お菓子で釣っている自覚はある。けれど人に聞かれるのが苦手な彼女がこんな校舎の奥でひっそりと練習しているのを聞くためには、これ位はしないといけないと思っている。
「ふふ、美奈は美味しそうに食べてくれるから好き」
「だってあやちゃんの作るお菓子美味しいんだもん」
彼女が言う好きと私が言う好きは、違うということは知っている。彼女には多分彼氏だっているだろう。栗色の髪にいつも手入れのされた爪先、きっちりと化粧の施された顔は、いつだって隙がない。
ふわり、とカーテンの隙間から風が舞い込む。
どうやら暑いからと窓を開けていたらしい。音が漏れちゃうよ、と零せば、彼女はそうだった、と笑う。
「他の人にばれちゃったらやだなぁ」
「私だってやだよ。あやちゃんは特別だもん」
特別。その言葉に心をかき乱される。
そのせいで持っていたクッキーに異常なまでの力を込めてしまって、そうすると手の中でぼろりとそれは潰れてしまった。
「あははっ、なにやってるの〜」
彼女は何も気づいていないから、そうやってただ笑った。私の気持ちなんて知らないで。
そう思うとほんの少しくやしくて、驚かせてやりたいと思ってしまう。
「ほら〜、拾って拾って。スカート汚れちゃう……、」
こちらに近づいて、クッキーが散らばったスカートの上に手を伸ばしかけた彼女。その手を奪う。ぐい、と、引き寄せる。
「え、」
彼女の声は甘いソプラノ。その声も大好きだなぁ、とどこか冷静な気持ちを浮かべた。彼女の手首をぎゅっとつかんで、そして、
リップグロスでぷるぷるに輝く唇。そこに自分のそれを重ねた。
がさり、と違和感。きっと私の手入れしていない唇のせいだろう。今日の帰りにドラッグストアでリップを買おうと決意する。
「え、え、っ!?」
彼女は思ったよりも早く声を上げた。至近距離で私は彼女の目を見た。薄く水の膜が張った彼女の瞳はほんの少し色素が薄くて、見ていると吸い込まれそうだと思う。
「……ごめんね」
彼女の手を離して、立ち上がった。ぼろぼろとクッキーが零れて床に落ちていく。それが座っている彼女に当たらないように体を背けて、そのままきびすを返した。バスケットはまた明日の昼休みにこっそり回収しに行こう、そう思いながら。
「ほんとごめん、……えっ!?」
けれど私は扉にたどり着けなかった。その前に彼女の手が私の腕を掴んで、華奢な彼女にこんなに力があるのかと思うほどの勢いで引っ張られたから。私は床に零れたクッキーに足を滑らせたのか、そのままずるりと体を床に滑らせる。
衝撃に瞑った目を開けば、すぐそこに彼女の顔があった。
「あやちゃん……」
彼女の頬は上気して、チークを透かしていた。白い肌にピンクの頬。かわいい、とこんな時でも思ってしまう。
「美奈……、っん、」
無意識に名前を呼び返したら、それが合図になったかのようなタイミングで私と彼女の距離はゼロになった。再び唇が触れる。今度は彼女のリップが私の唇についてしまっていたせいか、がさがさという感触は少ない。
「なん、で……」
「それは私のセリフでしょ」
唇を離した彼女に向かって開口一番呟いた私。彼女は怒ったような困ったような照れくさいような顔をしてこちらを見下ろし、そういいながらでこぴんをしてきた。
「いたたっ、美奈、私、」
「私、あやちゃんのこと好きよ」
「え」
見下ろされたままそんなことを言われて、私は仰向けになりながら、きっとかなり間抜けな顔をしていただろう。彼女はふっ、と笑みを零す。
「びっくり顔、すごい」
「う、うるさぁい!!」
そのまま肩を震わせて笑う彼女に、反射的に起き上がって腕を掴んだ。ゆさゆさと揺らすが、ツボに入ったらしい彼女は全然笑うことをやめない。
「あ、ははっ、ごめんね、ちょっと待って、」
肩で息をしながら彼女はようやく笑みを封じ込めて、そしてこちらに向き直った。
じっ、と見つめられる。色素の薄い瞳はほんの少し、不安に揺れているような気もする。
「で、あやちゃんは、私にいきなりキスしちゃうくらい私のことが好き?」
そういえば、最初にキスをしたのは私だったということを今更思い出し、その言葉を聞いた瞬間心臓がうるさいくらいに高鳴る。ぎゅっと手を両方握られて、体を背けて逃げることは許されなかった。
「あ。…………はい、好きです」
結局私はそう本音を伝えた。彼女は、ほう、と小さく息を吐く。
「よろしい」
そしてそう言いながら最後には笑った彼女。かわいい、と思った。抱きしめたい、と思った。
だから私は欲望のままにつないだ手をひっぱって、こちらに引き寄せてぎゅっとその体を抱きしめたのだ。