それは仕事? と聞かれればYesと答えるし、
それは愛? と聞かれてもきっとYesと答えるだろう。





もちろん、それは偽りの愛だ。





「四木さ、んっ、っ、ぁぁっ」
声は執拗なまでに甘く、けれど、女のように甲高いそれは出さない。押し殺したようなそれは指を噛んでいっそわざとらしいほどに。聞こえるか聞こえないか位の低い、けれど甘い声音は男の征服欲をくすぐる。
律動に揺れるファー付のフード。背後から覆いかぶさる男の顎をくすぐる柔らかいそれ。裾の長いコートをめくり上げられて後ろから犯されていると、もしかすると遠目から一見すれば男には見えないかもしれない。
とっくに脱がされ、足首で丸まっているスラックスと下着は拘束具となって、臨也の興奮を煽る。不自由というのは快楽のスパイスだと自覚している。物理的に縛られるのは、そこまで嫌いではなかった。
(精神的に縛られるのは勘弁して欲しいけどねぇ)
背後の男は何も口にしない。時折耳元で、苦しいような気持ちがいいようなうめき声が漏れるのみだ。男を狂わせるほどの快楽がそこにあることは知っている。受け入れる側の苦痛と引き換えに、女では物足りなくさせるほどの快楽を味わわせることが出来ることを、臨也は嫌というほど知っていた。
(でも男の尻に突っ込むなんてぞっとしない)
それをしたことはあるけれど、気持ちいいけれどもやはり一瞬の快楽だ。苦痛の先にあるずっと終わらないような快楽は、屹立を扱かれるだけでは得ることができない。
「ん、っ、はぁ、四木さん、っ……」
わざと名前を呼んで煽る。いつもは仕事上の会話しかしない相手が、こんな風に乱れるというギャップはきっとたまらないはずだ。そんな風に心理ばかり読んでいる自分。四木は、それを知ってか知らずか、自らの快楽を追うためだけに動いているからやっぱり唇は開かなかった。

二人きりの事務所は、人払いがされてある。というよりも、そもそもこんな深夜に事務所にいる人間も早々いないだろう。ヤクザの事務所の一室で電気もつけずに背後から性急に抱かれている自分を俯瞰で見て、笑みを零した。
(全く、人間っていうのは愚かだ)
それは自分の事を指していた。一時の快楽に流され、身も心も委ねてもいいだなんて、そんなことをつい考えてしまう。それはもちろん快楽に茹った頭で考えることで、精液を出してしまえばすぐに消えてなくなってしまう泡沫のものだ。
抱かれているときだけ人が違ったようになってしまう。気持ちよさに流されて、何もかもを捨ててもいいだなんて、冷静な自分が見たらあまりにもくだらなくなって捨て置いてしまう程だろう。
「何を考えているんですか?」
「四木さんのことだよ」
「そうですか」
そんなことを考えていたら声を上げるのがおろそかになっていたせいで、訝しげな声がようやく耳元に吹き込まれた。それに間髪いれずに答えた。きっと不自然な位に。けれどそれでいい。
快楽に溺れているなんて知られれば、きっと彼は面倒になって自分を切り捨てるだろう。彼が求めているのは冷静沈着で、仕事が優秀で、気を抜くと手を噛まれそうで、思い通りにならない自分だ。それを歪な快楽に落とし込んで手篭めにすることを彼はきっと心の奥底では楽しんでいる。そう臨也は思っている。
こうやって抱かれているのも快楽で縛りつけて、仕事を円滑に進めようとしているのだ、彼は。そう考えると気持ちが楽になった。
好きだとか愛しているだとか、そういった気持ちは必要ない。男女の恋愛のようなそれなんて、男同士で求めるものではないし、何なら臨也にとっては男女のそれだってくだらないものだと思っている。
他人同士の愛ならば面白おかしく楽しむことができるけれど、客観的に見れない自分のそれなんて虫唾が走る。自分は平等に全てを愛しているのだ。誰か一人なんて、いらない。

四木の手が追い詰めるように左手が乳首に、右手が屹立に触れた。前と後ろから同時に責められて、臨也は演技でない声を今日始めて漏らした。
それを続けられていると、しばらくして触れられていない逆の乳首がじんじんと疼きはじめて、我慢できずに力の入らない腕をのろのろと動かして自らの手で強くつねる。その動きに気づいた四木は耳元でおかしいように笑っていた。
爪を立てるくらいに強く乳首をつまむ自分の右手とは裏腹に、彼の左手は驚くほど優しくその小さな突起を撫で回す。指の指紋のわずかな凹凸も感じさせるその柔らかな刺激は、はっきりと物足りなかった。
「四木、さんっんん、もっと、……強く、ぁ、」
「これでは物足りないんですか?」
「ん、んっ、たり、ない……っ」
わざとらしいほどビジネスライクな敬語も物足りなかった。怒らせると時折出るきつい口調を求めたが、今日の彼はずいぶんと機嫌がいいらしく、結局その言葉は聞くことができないまま終わりそうだ。
途中から演技なのか演技ではないのか分からなくなってきた甘い嬌声。それが彼の機嫌をよくさせる原因だろうか。否、違うだろうと即座に否定しながら臨也は背後の動きが一層激しくなるのに気づき、絶頂が近いことを悟る。
自分も限界はすぐそこにあった。
だから深く考えるのはやめて、ただ純粋な快楽を感じるためにそっと瞼を落としたのだった。




12.02.26