いつもよりも感じていたとかどうとか、事後に吐く言葉としてはあまりにも甘ったるく、珍しいこともあるものだと思ったのはほんの数分後に後悔と共に撤回される。
「ねぇ、何がしたいの」
果てた直後、無言でむくりと起き上がって件の台詞を吐いた少年は、萎えたペニスにかぶさったコンドームを無造作にゴミ箱に入れてすぐに折原臨也の足を抱えなおした。最初、ナマでやるつもりなのかと身構えた臨也だったが、その危惧はすぐに杞憂だったと知れた。彼は臨也の足を抱え上げたと思うと内股にじい、と視線を走らせたのだ。その目はいかにも男が射精を済ませた後の冷静さで、子供のような外見なのにちゃんと男なんだよなぁと臨也はそんなことをつい考えてしまう。
「ねぇ、黒沼青葉くん」
一言も話さないままの青葉にさすがに臨也も焦れて、そう名前を呼んでみた。けれど青葉はちらりとこちらを一瞥しただけで、すぐにまた視線を内股に戻す。少し前に青葉とほぼ同じタイミングで射精して萎えたペニスも、元々受け入れるものではないところを使ったセックスの名残で赤く腫れたようになっているアナルも、その視線の下に晒されている。
羞恥心というものは生まれなかった。なぜならその目は欲望もなにもない。ただただ観察をするそれだからだった。
青葉は内股と性器を長い間見つめたかと思うと、抱えていた足をくしゃくしゃになったシーツの上に落として、手のひらをそこに這わせ始めた。何かを確かめるように。
「や、……なにするの、やめなよ」
そうされると、臨也にそのことを冷静に分析する余裕はなくなってしまった。後ろでイったばかりの女のように敏感になってしまっている体に、その接触は欲望が篭っていなくてもダイレクトに伝わってくる。
声を上ずらないようにするのに必死になっている間に、青葉の手は太ももから腰の辺りに上がっていた。腹筋が割れているほどではないけれどそれなりに硬い腹の上を、白く、まだ幼い手のひらが這う。腹の上にかかったままの臨也の精液はきれいによけて。脇腹の辺りをくすぐり、そしてさらに上に進んで行く手に、臨也は訝しげな顔になりつつも快楽をやり過ごすのに必死だ。
何を確かめているのか、その真意に臨也はもちろん気づいていた。それが、最初に言った『いつもより感じていた』ということが原因なのも。確かに臨也は複数の人間と関係しているようなことを匂わせることがあったし、実際にそれは事実だ。
けれど、こんな風に排泄器官を女の性器のように使う、非生産的な行為は中々しない。それがあまりにもリスクが高く、そして不毛な行為だとよく知っている男ばかりを相手にしているからだ。仕事相手を気持ちよくさせるためだけなら手や口だけの方がよっぽど早いし相手にも満足感を与えることができる。
(まぁ奉仕なんて仕事の範疇外なんだけどねぇ)
成り行きというものに任せているところがあるのは自覚しているので、だからこそ青葉との行為だって成り行き以外の何者でもないのだけれど、彼はもしかすると違うのだろうか。この関係に、性欲以外の何かを浮かばせているのだろうか。
(それなら面白いけどさ)
けれどそれを問いかけることは躊躇われた。その理由は、先ほどから強制されているもどかしい快楽にかき消されて分からなくなってしまった。
(考えるのめんどくさい)
ゆるゆるとした快楽は焦れるばかりだ。しかしそれに気づかない青葉の手は首筋まで至った後に逆戻りしていった。指先は先ほどよりももっと確かめるように強く触れてきて、痛いほどだ。けれど浅ましい体は痛みよりも快楽をより優先して、正直体に力が入らなかった。シーツの上に横たわって体を小さく震わせる臨也を、青葉は感情のない瞳で見下ろしている。
無言のままの青葉は手のひらを再び太ももに這わせ、そのままやや唐突に性器へと近づけた。感情もなにもなくただ体を触れられていただけで少し反応してしまっているペニスを一瞥され、正直少しうんざりとした気持ちになった。青葉が何をしたいかは分かるのだけれど、どうしてそうしたいのかがいまいち分からなかったからだ。いくら臨也とは言えども口に出されないことは分からない。心を完璧に読むことはできない。
「う、ぁ……!」
ペニスに一度も触れないまま、青葉は指先をその奥へと這わせた。まだ赤く色づいている性器の入り口を指でなぞったかと思うと、コンドームに纏ったローションで濡れたそこに指を二本埋め込んでいく。
「僕、自分の玩具を他人に触らせるのが苦手だったんですよ。それが友達でも、親友でも、兄でも、親でも。だからいつも大きな箱の中に仕舞っていて、けれど、兄はそれを無遠慮に開けるんですね。まぁろくでもない兄でしたから、半分諦めてはいたんですけれど」
唐突に青葉は口を開いた。そして、淡々とした口調でいきなりそんなことを言った。
「……へぇ、で、その触れられた玩具はどうしてたの」
「全部壊してましたよ」
「それ、親御さんに不審がられたりしない?」
ずっと優等生な子供でいたんだろうと思っていたのに、案外腕白な子供時代だったんだろうか、とふと思う。
「子供のやることですから。理由なんてどうとでも作れますよ。友達と一緒に遊んでて壊したとか、転んだとか落としたとか、小さな子供のすることなんて大人は大抵許してくれますよ」
言葉を紡ぎながらも後ろで指をかき回されて、臨也は青葉の下で悶える。指先は的確に前立腺を突いてきて、その度に臨也の反応を確認しているようだった。もがくたびにシーツがどんどんぐしゃぐしゃになっていく。じくじくと続く、ゴールできそうでできない快楽は、ただ辛かった。
「ふぅん、それでもし俺が君のお兄さんと通じていたとしたら、どうするの?」
「もちろん今すぐ壊しますよ?」
それを言う青葉の表情は何事もないかのように普通のそれで、正直臨也はゾッとした。何も悪びれないような声音で、顔で、残酷な言葉を吐く。高校生だとは思いたくない何かがあった。
「……もちろん情報として、君のお兄さんのことは知ってるし、姿を見たこともある。けど、それだけだよ」
探るような目を向けられる。もちろん口にした言葉は嘘だったけれど、それを見破られるほど経験値が浅い訳ではない。
「残念」
青葉はその言葉を聞いてようやく指を抜いた。臨也は中途半端で解放されない快楽をもてあまして、指一つ動かすのさえ億劫になる。ごろん、と横に寝転がった青葉はようやく表情を少し和らげた。
「君はさ、俺を壊したいの?」
「さぁ」
首をかしげる青葉は本当に分からないようだった。実際そういう事実に居合わせてから考える、と言いたげで、そういう短絡的なところは高校生そのものなのに、そうではない部分もあるからあまりにもアンバランスに見える。
「それで、これはどう責任取ってくれるの?」
青葉に中途半端に追い上げられた熱は解放されないまま臨也の中にくすぶっている。こうなってしまえばもう解放してもらえないと立ち上がることすらできない。青葉はそこを見もしないまま、天井に向かって呆れたような息を吐いた。
「あぁ、まだしたいんですか。元気ですね24歳にもなって」
「22歳だよ」
「そうでしたっけ」
正しい年齢を嘘の年齢で訂正しても、青葉はそんな反応だ。そもそも自分のことなんてどうでもよさげなのに、勝手に嫉妬よりももっとひどいような感情を浮かばせるのが、臨也には理解できない。そして、きっとこれが真実である、青葉と何度もしていることによって臨也の体が敏感になってしまったという事実には、きっとずっと気づかないのだろう。
(変なコだよねぇ……)
「まぁなんでもいいや、延長料金オゴってあげるからさ、してよ」
「最初から財布出す気ないですよ僕」
「えぇー!」
「だって先輩でしょ? 奢ってくださいよ」
そんな軽口を叩きながらも青葉は再び臨也の上に乗り上げてくる。臨也はいつもの婀娜っぽい笑みを作って浮かべた。青葉はその顔が嫌いなようで、少し乱暴にしてくる。それがよかった。だからわざとそうするのだと、このあまりにも若い情人はいつ気づくのだろうか?
「むしろ先輩に敬意を示して払うべきじゃないの?」
「じゃあ多くイった方が支払いってことで」
「それ俺不利じゃない?」
「知りませんよ」
笑みも浮かべずにしれっとした口調で言う青葉に、もう黙っていた方が得策だと思って唇を奪う。
そしてもう知られている弱い場所を的確にくすぐってくる指に、熱に、ただ意識を飛ばす行為に耽るのだ。




12.04.11