「クッソ」
「八田さん、落ち着いてくださいよ」
「これが落ち着いてられっかよ!!!」
 唾を吐きそうな勢いで、美咲は鎌本に言い募る。美咲の斜め後ろを歩く鎌本は困ったように眉尻を下げていた。
 アンナの占いで、十束を殺した男を捕まえるために葦中学園高校へやってきた美咲だった。しかし目的の人物は見つけることができず、会いたくなかった人物にばったり会ってしまった。
「あーイライラする」
「カルシウム足りないっスよ、八田さん」
「うっせぇ!」
 そこであったことは今思い出しても胸糞悪い。というか、時間が経つにつれじわじわと怒りや憤りが増していくのだった。機嫌はどんどん急降下していくばかりで、鎌本も困ったような顔と声で必死になだめてくる。それにもイラついて怒鳴り散らし、抜け出せない不機嫌の悪循環に内心ため息を吐く。
 それでもなんとか気持ちを落ち着かせ、鎌本と別れて一人で帰路についた。根城であるオンボロアパートの階段はガタが来ているのか、美咲の軽い体重でもギシギシという耳障りな音を立てる。
 深夜にほど近い時間。街灯の光くらいしか見えない暗がりだが、通り慣れた場所だ。美咲は木でできた古い扉の鍵穴に、迷いなくそれを差し込む。カチャリという解除音が高く響いた。
(はー、アイツがうっせぇしちっとは眠らねーと)
 昼に言われた鎌本の言葉を思い出し、美咲は無意識に舌打ちしながら狭い玄関でスニーカーを脱ぐ。それをしながら後ろ手に扉を閉めようとしたのだが、いつもはばっちりつかめるはずのそれが今日に限って見当たらず、手は空を切った。
「えっ……?!」
 急に背後に気配がし、美咲はとっさに力で応対しようと手をかざす。しかしそれは一歩間に合わず、ただでさえ暗い視界が急に真っ黒にぬりつぶされた。瞼を布のようなもので塞がれたのだと気づいた時には、膝裏を押されてあっさりと膝が床についた。
「え、だ、誰、誰だよてめぇっ、ふざけんな!! これ外せよ!!」
 同時に両手を後ろにまとめられ、紐のようなもので繋げられる感触に、美咲は激昂する。
「だぁーめ、外したら美咲逃げちゃうだろぉ?」
「その声は……猿!」
「昼の続きをしにきたんだよぉ、みさきぃ?」
 ねっとりとした声に背筋が震える。もちろんそれは怒りからだ。不意打ちを狙うだなんて姑息な真似をする男だとは思っていなかった。失望した。そんな言葉を口々にする。伏見は、それをにやにやと聞いているようだった。堪えているような笑い声が零れる。耳元に。不快だった。
「ふふ、美咲はさ、こんな状況でそんな言葉吐けるとか、ほんと何もわかってないよなぁ〜?」
「え、ハァ? 何がだよ」
「美咲は今目隠しされて、縛られて、俺に背後取られてるんだよぉ? こうやって……」
「うわっ!」
 いきなり背中を押され、美咲はバランスを崩して床に顎をぶつける。じいん、と唇から下が痺れた。顔をしかめていると、覆いかぶさってくるような音と、背中に体温を感じる。
「――こうやって、お前に何だってできちゃうんだよぉ?」
 背中から腰にかけて、体をぎゅっと押し付けられた。そしてまた耳元に声が吹き込まれる。耳元への息遣いはくすぐったくて、美咲は体を無意識に震わせた。伏見はそれに満足げなため息を漏らす。
「あぁ、いいよぉほんとお前は、――エロくて」
「……へっ」
 何の神業か、と思わず美咲が呆けてしまうほど一瞬で、ハーフパンツを脱がされる。スーっと冷たい風が美咲の太ももや尻を撫で、そういえば扉は開けっ放しなのではないかとようやく気づき、美咲は力の限り暴れる。
「だからぁ、抵抗なんかしたって無駄だって」
「てめ、扉、開けっ放しじゃねーのか!?」
「自分の身より扉の心配とか、美咲はどれだけ鈍いの」
 馬鹿だと言われて美咲は一瞬で怒髪天をつく。余計に手足をばたつかせて抵抗を試みるけれど、縛られているし上から乗っかられていてはどうにもならない。さすがの美咲も連日の寝不足と小食のせいか、抵抗している間に体力を奪われ、段々と体に力がうまく入らなくなっていった。
(チクショウ、こんなことならあいつの言うことをちゃんと聞いとくんだった!)
 今日の晩飯も大したものを口にしなかった美咲だった。伏見は段々と抵抗が薄くなっていく美咲に気をよくし、自由な両手で好き勝手美咲の体に触れてくる。
 伏見の熱い指先がVネックのシャツをめくり上げ、肉のない背中を撫で上げる。びくびくと体が震えたのは、すっと入り込んだ冷たい風と、伏見の熱い手のひらの温度のせい。美咲は何も見えない視界で不安と怒りと恐怖に支配されていた。一体伏見は何をするつもりなのか、全く状況も意図も読めない。
「てめぇ、一体なんなんだ!」
「んー? 美咲に久々に会ったらさぁ、ガマンできなくなちゃって」
 ふふ、と不気味に笑う伏見の声音にぞくりと背筋が震える。もしかして、と嫌な予感が美咲の脳内を巡る。伏見が時折熱の篭ったような視線で美咲を見ていることに、いくら鈍感な美咲でも薄々気づいていた。
「猿、お前何する気だ」
 内心は焦っているのだが、妙に冷静な声が唇から零れた。重く圧し掛かってくる体はやたらと熱くて、その熱が美咲にも伝わってきている。全身で自己主張され、美咲には訳が分からないながらも、伏見の言葉を聞いてやろうと思った。
「何で美咲はそんなに冷静なの?」
 しかし伏見は美咲の冷静さをどう取ったのかやたらとどす黒い声を上げた。もしかしてこういうこと慣れてるの、とか、もしかしてあいつ? なんて、美咲には全く理解できない言葉が落ちてきて、首をかしげる。
「お前、何言って……」
「あぁもう! うるさい! ちょっと黙ってよ」
「うあぁぁ!」
 力を使われたのか、腰の辺りに衝撃が走る。それはただ殴られただけなのかもしれなかったが、何も見えない美咲には知りようがない。そして狂ったような笑い声が聞こえてきたと思ったら、無理やり顎を引かれ、後ろを向かされる。暗い視界の中でも伏見に至近距離で見つめられているということが分かった。美咲はぞっとしたものを感じた。その瞬間、唇に柔らかな感触。その正体を理解する前に口の中に生暖かくぬるりとしたものが入り込んで、美咲はそのうち苦しくて息もできなくなった。
「っ、ん、ふぁ……!?」
 それが口づけだということを理解するのに数秒かかった。そしてそれをしてくる相手が伏見だということに思い至った瞬間、美咲は盛大に体をばたつかせる。しかしその拘束はやはり敗れない。
 美咲が抵抗するせいでキスがうまくかみ合わなくなる。伏見はそれに苛立ち、唇を離すと美咲の頬を強く打った。
「っ――!」
「――こういうことだよ」
 色々な衝撃で頭が真っ白になっている美咲に、伏見の言葉と体は全く遠慮なく覆いかぶさってきた。


***


「あ、な、なに、…っや、ヤダ! やめろよおぉ!」
 散々抵抗するもどうにもならず、廊下で仰向けにされた美咲は脱がされたズボンの下、まだ誰にも触れられたことのないそこを伏見の手や、唇によって濃厚に触れられ、頬の痛みを忘れてしまうくらいの快楽に思わず涙を零しそうになる。未知の快楽はすぐに美咲に抵抗をやめさせた。それでもいきなり尻に指を突っ込まれ、何かよくわからないぬるぬるとしたゼリーをぶち込まれ、指でかき回されれば抵抗もするし声も荒げる。しかし伏見はそれをやめようとはしない。暴力に走ったのは頬への一撃だけだったが、美咲にとっては殴られるよりももっと酷い暴力だと思った。
 ぐしゅぐしゅと空気を含んだような水音を立てる場所。信じられなかった。そんなところに指を入れられるような知識は、美咲にはあいにく存在しなかったのだ。
「もうやめろよぉ!!」
 涙声になりながら叫ぶけれど、伏見は何も言わない。何も言わずに熱心に美咲の尻に指を突っ込んでいる。おかしなやつだとは思っていたが、こんなやつだとは思っていなかった。時折唇から零れている何やら楽しそうな息遣いが、怖かった。
「猿、ほんとてめぇ、ゆるさねぇから、な、っ、んんっ」
「許さないってことはさぁ、お前はずっと俺のことを忘れないってことなのかなぁ」
 ぽつりと零れた言葉は、美咲には届かなかった。その言葉と同時に勢いよく指が抜かれ、指よりももっと熱いものが宛がわれたからだった。美咲は痛みに絶叫を上げていた。隣近所に聞こえそうな声に、伏見は小さな笑みを零す。
「みーさきぃ、あんまでっかい声出すと、お隣さんに聞こえちゃうだろ?」
「っあ、アァ、や、め…っあぁぁぁ! も、やめろ、さ、る…!!」
 激痛に言葉が紡げない。怒りよりも憤りよりも痛みに何もかも塗りつぶされ、美咲の体は悲鳴を上げる。びくびくと痙攣する上半身を、伏見はまるで初夜の花嫁でも抱くかのように恭しく持ち上げた。少し引き寄せ、角度を変える。それでも美咲には多大な負担で、唇から零れる音は止まなかった。
 痛い、それだけに支配された美咲の頭の中は、もう伏見への怒りさえ吹っ飛んでいた。早く開放してほしい、それだけで頭がいっぱいになる。
「も、や、めろ…さる、本当に、も…っ、うう、」
「痛いの、好きだろぉ?」
 昼もここに傷をつけてあげたじゃない。そんな声と共に、巻かれたままだったピンク色の布を取り去る音を聞いた。鎌本が巻いたそれが無残に取り払われる。それを唇に詰め込まれ、美咲はくぐもった声を上げた。
「美咲ならきっとガマンできる、よな?」
 ふふ、という笑い声が聞こえてきたかと思ったら、まだ塞がりきらない傷跡に伏見の唇が触れた。剥き出しの神経に直接触れられたような、痛いを超えて強いという感覚の痛みに美咲は絶叫する。しかしそれは皮肉にも先ほど口に詰め込まれた布が半分ほどを吸収していった。
 尻への刺激も続いていた。美咲は両方から攻め込まれる痛みに体がバラバラになってしまいそうだった。声を上げすぎて喉が痛い。そして目を塞がれた布が濡れていることにも気づいていた。けれど美咲はもうそれをすべて受け止めることしかできない。
「なぁ美咲ぃ、気持ちいい、だろぉ?」
 狂っている、と美咲は思った。気持ちいいはずがなかった。しかし伏見は悦に入ったような声音で、乱暴に腰を動かし始める。引き連れるような痛みが追加されて美咲はまた声を上げた。
「なぁ、美咲。全部入ったよ。ほら、動いたらさ、気持ちいいだろぉ? なぁ、美咲。返事しなよ、なぁなぁ」
 痛みと苦しみに意識を飛ばしかけている美咲は、伏見の言葉に返事をしない。伏見は苛立ったように大げさな舌打ちをした。そして強引に体を動かし、美咲はそのたびに人形のようにくたりとした体を揺らした。
「っあ! ぅん、っううぁ、」
「美咲ぃ? ここ気持ちいいのかぁ?」
 急に美咲がびくりと体を揺らし、布越しの曇った声を上げた。偶然伏見の切っ先が美咲の弱いところに触れたのだろう。美咲は何がなんだか分からない感覚に意識を浮上させる。痛みの中にふと沸いてきた強烈な快楽に、目が覚めた思いだった。
 伏見は美咲の反応に気をよくしたのか、その場所をしつこく攻めてくる。何度も何度も体を離しては突いてくる。美咲はそのたびに声を上げる。苦しげな絶叫ではなく、打って変わって甘い嬌声だった。
「ふふ、美咲ぃ。かわいいよ」
「……さっさと死ね」
 布を吐き出してそう呟いた美咲に、伏見は眉を顰める。しかしその唇に浮かんでいるのは笑みだった。それを、美咲は知るよしもない。
「かわいくない口だなぁ」
「――っあ、うぁ、…っ、あんん、っ…」
 強い快楽が美咲を再び支配する。痛みは遠くへ行って、やってくるのは気持ちよさばかりだった。頭がどろどろに溶けてしまったかのように思考能力が働かず、ただその強烈な気持ちよさに屈服してしまう。
 なんだよこれ、こんなんなるのかよ。美咲は戸惑いを隠せない。怒りよりも憤りも、どこかへ行ってしまった。きっとそれは行為が終わったら戻ってくるだろうしもう二度と許せないし伏見を殺してやりたいくらいに憎い。
 けれど今はそんなことを考える余裕がなくて、ただただ涙が零れるほどの悦楽をその体に刻み込まれるだけなのだった――。




2012年11月05日