鎌本はほとんど毎日のルーチンワークとも言える気軽さで駅前にある牛丼屋に入った。そこで晩飯を持ち帰りにする。
 店を出て、左に曲がる。途中で目に入った寂れたコンビニでビニールに包まれた雑誌を購入する。ほぼ手癖で雑誌を取り上げる鎌本の背中をぼんやりと見つめながら、ぶらぶらと店内を徘徊していた美咲。購入する雑誌を決めたのかレジに向かう鎌本を見止めて、手にしていたスナック菓子を背中から手を回すようにして一緒にレジに置いた。
「八田さぁん、また菓子っスか」
「うっせぇ、キリキリ払えや!」
 大柄な上に腹を中心に脂肪が乗っている鎌本とは対照的に、背もあまり高くはなく、脂肪が明らかに足りていないほど痩せている八田は、一緒に入った牛丼屋のメニューもコンビニの弁当コーナーも無視して、よりによって手にしたのがスナック菓子だった。もともと小食気味のところに、数週間前にあった穏やかでない事件のせいで、美咲は余計に物を口にしないし眠ることさえ放棄することがあった。
 鎌本はそれに思わずつきそうになるため息を噛み殺す。ため息なぞ吐こうものなら暴言に加えてケツの辺りを殴られるに違いなかった。鎌本は痛いのはあまり好きではないので、無言で尻ポケットから財布を取り出す。ウォレットチェーンがざらりと耳障りな音を立てた。
 雑誌とスナック菓子は一緒の袋に入れてもらって、牛丼のビニール袋とふたつ。片手にまとめて持ってコンビニを後にする。あと数分も歩けば鎌本の住むボロアパートだ。
 一階にある扉を開けば、一日中閉めっぱなしの独特のにおいが鼻をつく。部屋の主である鎌本よりも先にずかずかと遠慮なく部屋の中に入っていった美咲。それをぼんやりと見つめながら鎌本は鍵を施錠した。
 テレビをつけてから、鎌本がテーブルの上に置いた袋の中からスナック菓子を取り出した美咲はそれをバリッとあけるのだが、不器用だからか背中のつなぎ目が途中まで裂けてしまっていた。そこからポロポロとカスが零れるものだから、鎌本はほんの少しだけ面倒だと思った。ただ指摘したところで絶対に直らないのは分かりきっていたので、スルースキルを発動した。ガサガサと袋から牛丼を取り出しローテーブルの上に置く。リサイクルショップで購入したそれは正方形だが、角が丸っこくて危なくない。角の辺りに座っている美咲と、真ん中から少し右側にずれた位置に座っている鎌本。横並びの座り場所は、ほぼ定位置と言ってもいい。
 暗いままの部屋の中。光といえばテレビのぼんやりとした明かりだけだ。節電ではなく、単純に電気が切れていた。トイレと風呂は個別に電気がついているし、部屋にいても買ってきたメシを食うか寝るかセックスをするかくらいなので、テレビの明かりだけで十分なのだ。
 鎌本は大盛りの牛丼を食らいながら、バリバリとビニールを破く。雑誌は毎月購入しているもので、部屋の隅に積みあがっている月刊誌と同じタイトルのものだった。美咲は一瞬だけその手元を見たあと、すぐに興味がないようにテレビへと視線を動かした。テレビの中ではパリッとしたスーツに豊満な体を隠した女子アナウンサーが、真面目くさった顔でテキストを読み上げている。
 鎌本は機械的に雑誌のページをめくった。これはいわゆる年齢確認が必要な類の雑誌である。鎌本は外見からか一度も年齢確認を求められたことはなかったけれど。カラー印刷された裸体の女は、しどけないポーズをこちらに向けている。もちろん裸である。牛丼を租借しながら、それをぺらぺらとめくっていく。機械的な動きは、しかし好みの女性が写っているページになるとほんの少しゆっくりになる。それはほとんど無意識の領域だった。牛丼は半分ほどに減っている。食欲と性欲をほんのりと満たす時間は、鎌本にとって至福だった。
「……ん?」
 なので別に深い快楽は必要ではなかったのだが。横でスナック菓子を食べていたはずの美咲は、指についた塩を舌で舐め取るくらいの気軽さで鎌本の股間に手を触れてきた。
「なんスか」
「いや、確認?」
「疑問形で返さないでくださいや」
 困ったひとだと思った。スウェットの上に置かれた美咲の手は、ちいさい。言えば怒鳴って殴られるので言わないけれど、もしかすると鎌本の半分くらいしかないかもしれない。言いすぎだろうか。
「そんなことより手ぇ拭いてくださいよ」
「ん」
「や! 何ここで拭いてんですか!!」
 柔らかい股間を揉むようにそこのスウェットの布で指を拭かれて鎌本は飛び上がるくらいに驚いた。いきなり受けた強い刺激に、反射的に反応しかかりそうになる。慌てて意識をそらしながら、その手を追い払う。
「勘弁してくださいよ八田さん」
 美咲はすぐに離れたのでほっとして、鎌本は食事を再開する。なんとなくエログラビアを見る気分でもなくなって、開いたまま放置して牛丼の方に執心する。
「……って、何してんスか、八田さん」
「フェラ? んぁ」
 ぱくり。幻聴が聞こえた。鎌本のペニスをいつの間にか取り出した美咲はいつの間にか両手でそれを握っていて。鎌本が声を上げた途端にわざとらしい子供じみた声を上げ、そのまま顔を伏せる。紺色のニット帽からはみ出る赤銅色の髪がぴょこぴょこと揺れている。薄い皮膚から盛り上がった脊椎が、歪んだカーヴを描いていて、その光景はどうしてもクる、と鎌本はぼんやり考えた。
「八田さん……」
 名前をつぶやきながら、口の中に残ったままだった牛丼を飲み込む。こうなるともう味もしないものなのだなぁ、と鎌本はどこか冷静に考えた。
「んう、ぅ……っ」
 自慢ではないがそれなりに大きいほうだと思っている自身を小さな口で銜えるというのは、なかなか大変らしい。美咲は困ったような、苦しいようなくぐもった声を漏らしている。丁寧に両手で根元を支えられ、時折下生えを指でかき回される。くすぐったい感触に思わず小さな吐息を零した。
「……っう、ふぁ、んっ……」
 ふと見ると美咲の腰が揺れている。人のものを舐めながら感じているのか。鎌本は気持ちよさで何もかもがどうでもよくなるような陶酔感とは反対の位置で、やたらと冷静に周りを見ていた。暗い部屋、つきっぱなしのテレビから漏れる硬い声音、きれいでも汚くもないワンルーム、その真ん中で胡坐をかいている自分に、顔を伏せている美咲。どうにもしっくりくるような、こないような。
「っ、八田さん、ちょっともうそろそろ離してください」
 美咲の舌技は中々のもので、そういえばしばらくご無沙汰である鎌本はもう今すぐにでも我慢をやめてしまいそうだった。しかし美咲はやめようとはしなかった。それどころか煽るように歯先で括れを甘噛みしたり、わざと先端を強く啜ってくる。
「あ、ダメですって、八田さん――っ」
 あっけなく我慢を放棄した鎌田は熱い迸りを開放する。どくん、と巨体が揺れて、それに合わせて美咲の体も揺れた。しかし口の中に放ったそれを零すことはなかったようで、顔を上げた美咲の唇や顎は濡れていたが、そこ以外はきれいなものだった。
「あーあ。ソレどうすんすか」
「ふぉむ」
「何言ってるかわかんねーっス」
「……っん。飲む、つったんだよ、デブ」
「デブって言うのやめてくださいよぉ」
 上下する喉ははっきりと濃艶で、鎌田の性は簡単に煽られる。濡れている顎を親指で拭い、顎を押して唇をあけさせる。
「あー、すごいっスね」
 飲み込みきれなかった白濁が口内にこびりついて、そこら中で糸を引いている。見ていられない光景だと思った。だから鎌本は顔を伏せ、その小さな唇を丸ごと食べるように合わせる。
「っふ、んんっぁ…、ふぁ、っ…!」
 ぴちゃぴちゃと己の唾液で清めるように深く舌を絡めた。美咲は縋るように鎌本のパーカーをつかむ。ぎゅっと五つの指でつかまれたそれはきっと跡が残ってしまうだろう。けれどもうそんなことはどうだってよかった。
「――牛丼の味がする」
 うえ、とハッキリ嫌そうな顔をする美咲に、その顔をもっと見たいと思う鎌本は、もしかすると大分拗らせてしまっているのかもしれないと思ったのだった。




2012年11月08日