「そんなに私のことが気になるのかしら?」 不敵に笑みを浮かべたけれど、きっと唇の端は震えていた。マミは、多分今、緊張というものをしている。けれど私は年上であるとか、相手は後輩であるとか、そんな後輩に格好悪いところは見せられないとか、色々なことが頭を渦巻いて本音を言うことは出来そうもない。 ただただ、どうにかこの動揺が悟られないように、と願う。 「ねぇ、暁美さん」 マミの住むマンションで、急に体を仰向けにさせてきたのは、後輩である女の子だった。黒くて長い髪に、赤とピンクの中間くらいの色のリボンを巻いた少女。 その目に映しているのは、今はマミの姿だけだった。それに、優越感のようなものを抱く。 (ああ、私ってばなんてこと) そんな思考が一瞬頭を掠めて。けれど、そんなことよりも無言でこちらを見下ろしてくる暁美ほむらという少女に何かを言う方が先かもしれない。 「暁美さん、黙っていては分からないわ」 「巴、マミ」 苗字と名前を呼ばれた。間を切って、少しためらうように。ほむらはマミのことをフルネームで呼ぶことが多い。しかしそれは彼女の癖らしく、共通の知り合いである佐倉杏子のこともフルネームで呼んでいた。 (彼女がそうやって呼ばない相手は……そうね、いない、わよね) 一瞬何かがよぎったような気もしたけれど、その前にもっとこちらに近づいたほむらに気づいてマミは意識をそちらに向ける。 顔を近づけてくるほむらは何を考えているのか。何も考えていないようだ。ほどなくその鼻頭と鼻頭が、次に額と額が、触れたと言えば優しすぎるくらいのスピードで触れ合って、マミはその瞬間脳天に走った痛みに顔をしかめる。 「い、いたぁい」 「ごめんなさい」 勢いがよすぎたことにぶつかってから気づいたほむらは、けれど声音は冷静なままだった。それは彼女の性分で、きっと中身は焦っているに違いない。 (多分、だけれど) というより、こんな風に鼓動を高鳴らせているのが自分だけだと思うとなんだか悔しかったから、そう思いたいだけなのかもしれない。 「ねぇ暁美さん。一度落ち着きましょう?」 「私は至って冷静だわ、巴マミ」 そして再度、顔を近づけてくる。今度は警戒するようにことさらゆっくり。それは先ほどの痛みよりももっと辛いかもしれない、とマミは思った。 ほむらの無感情な瞳が、じい、とこちらを見ている。ずっと。マミは縫いとめられたようにその視線をそらすことが出来ずに、ただただその黒曜石のような瞳を見つめることしかできない。 どくどくと、心臓が高鳴る。さっき、これ以上ないほどに高鳴っていると思っていたのに、今はそれ以上どきどきといっている気がして。 瞬間、そっと触れた。 柔らかな唇の感触。薄いほむらの唇は、思っているよりも温かだった。そんな風に、どきどきとうるさい心臓のはしっこで冷静な自分がいることに気づく。 「巴マミ」 「なぁに」 それに気づくとなんとなく気持ちも落ち着くような気がする。ほむらのうわ言のような言葉に笑みを零した。そんなマミの反応にほむらは安心したのか、もう一度、顔を近づける。 実は、というか実はもなにもないのだけれど、ほむらとこういう行為に及ぶのは初めてのことだ。けれど、マミはなんだかこれがまるでとても自然のことのように受け入れていた。 押し倒しているというのに、ほとんどマミの体に触れることがないほむらに、なんだか面白い気持ちが沸いてくる。一週回って、というやつだろうか。 「どうして……こんなことを?」 とは言えほむらにはきちんと理由を問わなければならない。ほむらの行動は見るからに衝動というそれで。酷な質問かもしれないとは思っているけれど。 私たちは魔法少女で、先も、希望も、何もないから。人間の体ではないから。同じ立場からの慰めという行為なら、悲しいと思う。 「あなたは……こういったことには、慣れているのでしょう?」 「え?」 「だって、佐倉杏子は、あなたといつもこういうことをしているのでしょう?」 「え、え……、何を言っているの? 暁美さん」 ほむらは唇を噛んでいた。堪えるようなそれをほどいてやりたくてとっさに指を伸ばすけれど、振り払われた。押し倒されまでしているのに、と、なんだか理不尽な怒りが沸いてくる。 「あのね、暁美さん。なんで貴女が佐倉さんとの関係を誤解したのか分からないわ。彼女は確かに良く家に来るけれど、単に食料をせびりにきたり、寝床を奪いにくるくらいよ。後輩として魔法少女の戦い方を教えたこともあるけれど、学校に行っていないあの子のほうがもうずっと魔法少女としては優秀だし……」 そこまで言った所で、ほむらはぎゅう、と強く抱きついてきた。先ほどまで頑なに触れようとしなかったのに、今はどこもかしこも密着している。 そして、こんなにほむらが近くにいるのははじめてのことだ。 「ごめんなさい……」 ほむらの顔が見えなくなったところで、そういう声が聞こえた。 「いいのよ。ほら、顔上げて? 暁美さん。そして私に……仲直りのキスをさせて」 好きだとか、そういう言葉は必要ないと思った。だって私たちは魔法少女だから。人間ではないから。 それは悲しいことだけれど、こうやってその悲しみを共有できる相手がいるなら、それでも寂しくないと思った。 12.01.02 |