ある日から突然、突拍子もない非日常が日常になった。小さい頃にテレビで見たアニメのような世界がそっくりそのまま、私たちの目の前に現れて、それが当たり前になった。 そんな非日常よりももっと、そう、秘密という名のそれが私ともう一人の間には少し前からあって、だから今日はそんな秘密のはなし。 「れいか、だめだって……」 「どうして?」 「どうして、って……。だってさっきまで戦ってたじゃん、汗くさいって……」 あとずさる少女を追いかける少女。女子中学生の一人部屋にしては随分とだだっ広いそこは、同じクラスで幼馴染の青木れいかの私室だ。大きな天蓋つきのベッドとふかふかのソファ。アンティークなドレッサー。白いクローゼット。低いローテーブルはガラス製。女の子のアコガレを詰め込んだようなそこ。けれど、その部屋の主であり、名前を呼ばれた少女れいかはそんな事は一切気にもしない。 「大丈夫、なおはくさくなんか、ないわ……ほら」 れいかを近づかせないようにと逃げるなおの背中がベッドの側面に当たり、そこで行き止まりになった。そのことに気づいて焦っている間に、れいかは互いの体の距離をほとんどゼロにして、なおの首筋に顔を寄せる。後頭部で一まとめにした髪のお陰ですっきりとした首筋は、すぐにれいかの鼻をそこへたどり着かせて、すんすん、と空気を吸う音になおは頬を染めた。 「太陽のにおいがする」 そんなことを言って余計になおを赤面させるれいかは、ずっと前からのなおの友達。そして、誰にも言えない秘密の仲。 プリキュアになるもっと前から、ずっとふたりきりだった。今は5人になったけれど、やっぱりれいかといる時間だけはどこか違う。 それを言葉で表すなら、特別、だった。 「なお、私以外のこと考えないで?」 やや唐突にそんなことを言ったれいかは、腰をカーペットの上につけると腕を伸ばしてなおの髪を結んでいるリボンをほどいた。それはふたりだけの合図だった。部屋のドアに鍵をかけるのも、携帯の設定をサイレントモードにするのも。耳に触れるれいかの腕はひやりとしている気がした。それに身をすくめている間に、黄色いリボンはしゅるりと音を立てた。 重力に倣って髪が両肩に落ちる。朝起きるとすぐに結んで、お風呂に入るときと寝るときと、こういうことをするときくらいしかこの状態にはならないから、いつも自分を晒しているような気分になって恥ずかしい。れいかは、たぶんそれをわかっている。眩しい笑顔は、照れくさかった。 「ほら、手あげて?」 「もう……」 そんな風に子ども扱いのような言葉を吐くれいかを、憎めない。家や学校では姉のような役割をすることが多いせいか、こうやって甘やかされるような、そんな扱いを受けるのは照れくさいけれど、いやではなかった。妹の服を脱がせる時と同じようにれいかにライムグリーンのベストを脱がしてもらって、そのまま手を引かれて立ち上がる。ベッドは、すぐ後ろだ。 れいかがネクタイを解くのとほとんど同時になおもれいかのネクタイを解いた。れいかがいつも着ている薄いブルーのシャツを脱がせて、ワンピース型の制服を順番に脱がせて、床に落とす。 ブラジャーとショーツだけの姿になってはじめて、部屋の照明を落としてもらった。天蓋つきベッドなんて豪奢なものは、れいかの部屋以外では見たことがない。 ポールに引っ掛けていたレースのカーテンを下ろして、狭い密室空間にする。そこに、ただふたりだけになった。 「なお」 れいかが伸ばした手に吸い寄せられるように頬を近づける。そのまま引き寄せられて、口づけた。柔らかいれいかの唇は、やっぱりちょっと冷たい。なおはそんなことを考えながら、女の子座りをするれいかの太ももの間に片足を差し込んで、もっと近づいた。ぎゅう、と抱きしめあうと、コットンとレースのブラジャーごしに胸が触れ合う。その時の言いようもないような柔らかさを知っている私たちはとても贅沢だと、なおはいつもこの瞬間に考える。 「れいか、もっと」 キスが気持ちよくて、なおはそう強請った。舌を絡めあうキス。けれど、不器用なのかいつもぎこちない。大人のキスとは程遠くて、でも胸がじんと熱くなる気がして、くすぐったい。いつの間にか笑っていたなおに釣られて、れいかも笑みを零した。 「笑わないで」 「れいかも笑ってるじゃん」 キスの合間に、言葉を交わす。ぎゅうぎゅうと抱き合って、もう二人の間に距離なんてない。そうなると肌と肌が触れ合うのを邪魔するブラジャーが鬱陶しくなって、なおはれいかの背中に手を回してホックを取ってしまった。 「ひゃっ」 唇をつけたままれいかが驚いて、仕返しとばかりにフロントホックに手をかけられる。小さなリボンのついたそれは片手であっさり外れてしまって、ふたりはまたくすくすと笑いながらブラジャーをベッドの隅へ追いやった。 改めたように抱きしめあって、触れ合う胸元はブラジャー越しよりももっと柔らかくて、とろけそうになる。ふにゃりと力が抜けたなおに、れいかは小さく笑う。そして肩をそっと押して、なおをシーツの上に転がした。 「んっ……れいか」 「なぁに?」 「好き」 「私も」 短い告白をしたら、それがまた合図になって、れいかはなおに覆いかぶさった。触れ合う肌の柔らかさに眩暈を起こしそうになりながら、キスを受け止める。今日もすぐにとろけてしまいそうな予感がして、なおは唇をそっと笑みの形に変えた。 12.04.16 |