「ねぇユキ、きもちわるいことしよう」
底抜けに明るい声で言われた言葉の真意をユキはもう知っていた。



実際俺らはその行為を知ってから猿のようにそれを繰り返している。
「う、……っ、ぐ、」
許容する場所ではないところに許容範囲外のものを入れられる痛みというものを、ユキは生まれて初めて知った。それは正直苦痛以外の何ものでもなくて、いつも必死に歯を食いしばる。
「ユキ、口だめだよ。怪我しちゃう」
ユキの上に覆いかぶさっている小柄な男はそんな風に不満げな顔をする。誰のせいだ、誰の、と言いたい言葉をぐっとこらえて、せめてもの対抗心でハルの細い肩を掴んで爪を立てた。
「痛いよぉ、ユキ」
ハルはそれに情けないような声を出す。全く空気を読まないこの自称・宇宙人は、こんな時だっていつものままだ。
日曜日の、午後。昼下がり。外は晴天。いくらだって出てくるポジティブなワードと裏腹に、部屋の中にいる自分たちは、あまりにも後ろ暗い行為をしている。庭いじりをしている祖母の鼻歌が聞こえる二階の部屋で。電気を消して、カーテンを引いて、隙間からの明かりだけで、交わっている。
そう、交わっている。触れている。誰も触らないようなところに指を入れられてかき回されて、異物感に慣れたと思ったら触れるようなこともない同性のそれをそこに強くねじ込まれて。
正直泣かないのが不思議だ。痛みと快楽では痛みのほうが強い。
けれど、それがじきに変わって行くのはもう知っている。
「なあ、あっち、こすってよ」
それだけで分かる。二人の共通言語が増えるたびに、ユキは後ろ暗くなっていく。同性同士の行為に。もしかすると地球の人間ではないかもしれない存在との行為に。けれど、相反するようにやめられなくなっていく。強い、快楽に。
「アッ!」
思わず口を塞がないといけないくらいに声が漏れた。ハルは腰をぐるりと回して、ユキの一番いいところに触れた。そこに触れられると苦しいほど気持ちがよくて、痛いくらいに気持ちがよくて、我を失ってしまう。
「もっと、」
吐息のような声はハルに届いているだろうか。もっと強く擦られて髪を振り乱したから、きっと聞こえたのだろう。
シーツを乱す行為が、いつ始まったかなんてもう覚えていない。きっとハルにとって釣りをするように自然に、同じ屋根の下で暮らす自分達の距離はゼロに近くなった。けれど、それは単に物理的な距離だ。
きもちわるいこと、と最初に言ったのは自分だった。ハルはそれを、この行為のはじまりの言葉だと捉えている。実際ユキが口にしたのは初めての行為を終えた時に感じたただ純粋な嫌悪感だった。当たり前だ。行為の相手が同性だということも、人間ではないかもしれないことも、恐くて、きもちわるくて、しょうがない。
けれどユキはその意味を知らなかったらしい。きもちわるいことをしようと言ってくるようになって大分経った。そしてそれは主に夜だけの行為だったのに、我慢を知らない自分たちは、いつしかこうやって釣りに行く前や後に目を盗むようにして繋がるようになった。
「気持ちよくなってきた?」
「う、ん、……っ、そこ、ヤバい、」
頭を振って前髪が顔にかかったユキの、そのオレンジの髪を指で払いながら、ハルは小さく口を開いた。
「ユキ、好きだよ」
行為の最中、地球語を喋る宇宙人は馬鹿の一つ覚えのようにそんな言葉を耳に吹きかける。誰でもない、自分が言ったのだ。忘れもしない、恋人同士は好きと言い合う、だなんて。ただそれは自分たちのことを向けた言葉ではなかった。少なくともユキにとっては。けれどハルにとってはこういう行為をすることは恋人同士だと、何かの折に知ってしまったらしい。
「ねぇユキは?」
律儀な宇宙人のせいで、毎回確認をされることになってしまった。そのせいで、ハルを好きだと口にすることで、いつの間にか錯覚に近い執着を覚えただけなのかもしれない
「……好きだよ」
本当はこれが恋かどうかなんて、ちっとも解っていなかった。初めて交わった相手だから、わけがわからないまま流されているから、けれど気持ちいいから、だからこれを恋だ愛だと錯覚しているだけかもしれない。
自分の気持ちなんて、ちっとも分からなかった。
「ウ……ぁ、おぼれ、る……」
深い快楽に息ができなくて、ユキは顔を仰け反らせて喘いだ。水槽の中にいる魚が外に出てしまった時のように。けれど実際ユキの口溺れると言って、だから自分は魚ではない。そんなことは分かっているけれど、ハルからはいつも海のにおいがして、そしてこんな水槽のような部屋の中で交わっているせいで、いつも自分が海水に満たされた水槽の中にいるような気持ちになってしまう。
その中にいる時だけは息ができる。ハルといるのは、いつしか苦痛ではなくなっていた。最初はあんなにも嫌だったのに。それが慣れなのか恋なのか、ユキはやっぱり理解できていない。
「ねぇユキ、これ終わったら釣り行こうね」
にっこりと笑う、顔。にくたらしい、とユキは思った。




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