昼休みの屋上には笑い声が聞こえる。
窓からも見えるけれど、屋上から見える海はいつも通り綺麗で、ユキはいつしか海を見ると落ち着くような、高揚するような、不思議な感覚を覚えるようになっていた。
昼ご飯を食べ終わった四人は、誰が言うともなしにこの屋上にやってきた。もう日差しが痛いくらいに照りつけるこの時期は、クーラーがなくとも教室の中に吹き込む潮風に身を任せている方がいいのだろう。人気は驚くほどなかった。釣りで炎天下など慣れている自分たちは、これ幸いと屋上に陣取っている。ほんの少しだけある日陰になっている扉の横に座って音楽雑誌を広げている夏樹と、その近くでなにやら顔をつきあわせている自称・インド人と自称・宇宙人コンビ。赤毛で外見だけならインド人のアキラよりも目立つかもしれないユキはといえば、そんな三人から離れた屋上の柵に腕を置いて海を見ていたというわけだった。
柵は日の光を吸い込んで驚くほどに暑い。痛いくらいだ。火傷をしてしまわないようにユキはそこから手を離して、さっきからキャッキャと声を上げているハルの方へ近づいた。
「アキラこれほんとやばーーーーーいーーー!」
「だろう?」
嬉しそうな大声を上げるハルに、得意げなアキラ。一体何をしているんだろうと興味本位で覗き込んで、ユキは一瞬で硬直した。
「バカ……」
向こうで夏樹が呟いている。ユキは、もっと早く言ってくれ、と叫び出したい気持ちになった。
「お、お前ら……!! こんなところで何してんだよ!!!」
「何って、」
「コンドーム交換会?」
ユキの方を見上げながら仲良く言葉を紡いできた二人。胡坐をかいてそこに最愛のペット・タピオカを乗せたアキラと、正座するハル。
二人の間に置かれた先ほどの授業で配られたプリントの裏の上に置かれているのは、色とりどり、パッケージも様々の、所謂、避妊具、というやつだった。ユキは目に毒なそれを見ていられなくてすぐに顔を上げたが、焼きついた映像は頭の中をぐるぐると回っている。色、色、色。定番の銀のパッケージに入ったシンプルなものから、まるで女子が使う化粧道具のようなかわいらしいもの、棒付きキャンディのようにラッピングされたものまで、見本市か、というほどにそこには散らばっていた。
「こんな所で、なに、なに、なに、……」
「アハハっユキ、慌てすぎぃ〜!」
出力機能がおかしくなった機械のようになってしまったユキに、ハルは腹を抱えて笑っていた。そしてひとしきり笑うと、もうユキには興味がなくなったように再びコンドームの山へと視線を向ける。
暑さのせいじゃなく、眩暈がした。そして現実逃避をするように佇んでいると、それは半分ずつアキラとハルが持ち寄ったものだとかなんとかいう会話が、勝手に耳の中に飛び込んでくる。
「へーじゃあこれは香りつきなのか」
「うんそーそー。これがイチゴで〜これがバナナで〜これがリンゴで〜」
四角いパッケージを指でつまんでぽいぽいと小さく投げるハルは、一体いつの間にこんなに地球になじんでいるんだろうか、なんて、現実逃避気味のことをつい考えてしまうユキだった。
(ていうかこいついつの間にこんなにいっぱい……!?)
ハルと初めて会った日からほぼ毎日一緒に学校に行き、一緒の家に帰る生活を続けているから、お互いのプライベートというものはほぼないはずだった。なのにポケットに入りきらないほどのそれを一体どこで入手したのか、謎は深まるばかりだ。
(っていうかこれどうやって持ってきたんだ!?)
二人共、鞄なんかはその傍らには置かれていない。この山はポケットに入りきる量じゃないだろう、と妙に冷静な突っ込みを内心でしている間にも、まだ話は続いているようだ。
「これは何何アキラ!?」
「突起がこうぷつぷつっとついててだな……」
「だからこんなにぐにぐにしてるの!! 気持ちわるーーーいいい!!!」
ニコニコと笑いながらハイテンションで感想を言うハルと、淡々とコンドームの種類を語るアキラに、眩暈がしてくる。
「ねぇねぇこれほんとに貰っていいの?」
「いいぞ。そっちのをくれるならな」
「いいよいいよ! まだあるから貰って〜!」
自分の取り分、とでも言うかのようにアキラの元にあったコンドームを手に取っていくハルに、やめろよ! と叫び出したい気持ちでいっぱいになる。しかし、きっと何を言っても無駄だろう。この爛々と輝く瞳は、好奇心でいっぱいいっぱい、という感じだ。
「……てめぇらはプリクラ交換するする女子か 」
傍観を決め込んでいた夏樹が、ついに耐えかねたように声を上げた。その手は完全に頭を抱えていて、あぁ、そうか、とユキは唐突に理解する。

今夜、夏樹もこれを使われることを危惧しているのだろう。ユキは悟ったような顔になって、こっちはこの段階で99パーセント確定だぞ、と、フォローにもならないことを呟くことしかできなかった。





放課後釣りに向かう足をそのまま校舎の中に戻されて、夏樹は悪態をつく暇もなく人気のない視聴覚室に連れ込まれた。視聴覚室ってベタすぎるだろ、という突っ込みも間に合わない。あっという間に壁に押し付けられ準備を整えられて、息をつく暇もなくポケットから取り出されたものにはぁ、とため息を吐く。
「お前それ本当に使うのか?」
「せっかく交換会を開催したわけだし……」
真面目くさった顔でそんなことを言うアキラに、夏樹はもう一度ため息を吐いた。少し潔癖なところがある夏樹はカーペット敷きの床に寝転がることを拒否して、だからアキラのシャツを羽織って壁に押し付けられただけの状態だ。自分の制服はきちんと脱いで畳んで机の上。それを畳んだのはもちろんアキラだし、ズボンをはいたままのアキラが向かい合う夏樹の緩く勃起した性器で汚れることを夏樹はいとわない。女王様のような態度を、アキラは好ましいと言う。訳がわからなかった。
「まぁいいけどさ、早くしてくれよ。俺釣り行きてぇし」
今日はバイトが休みだった。バイト中も人が少なければ抜け出して釣りをすることは許されていたけど、やっぱりバイトのない日にじっくりと竿を振りたかった。決して男の竿を銜え込みたいわけではないのだ。
「じゃあこれにしよう」
「はいはい好きにしてくれ」
一度ポケットにしまったコンドームを再び取り出したアキラは、そのパッケージを開いた。透明の袋だったからもう中身は分かりきっていたけれど、それはケミカルな蛍光ピンクで、どうやら少し発光しているらしい。
「なんか光ってねぇ? それ」
「それがウリらしいぞ」
ハルが言っていた説明を一言一句違えることなく復唱したアキラに、何だかもう力が抜けた。勝手にしてくれと目を瞑って壁に寄りかかると、ほどなくして準備を済ませたアキラがそっと近づき、頬に口づけた。夏樹が反射的に目を開けるのとほぼ同時に左足を抱えて、そして手に掴んだ、掴んだそれを見て夏樹は……。
「ちょっえ、それ光って、っは、ははははっ!!」
視聴覚室の中だということも忘れて笑ってしまった。アキラの浅黒い肌に蛍光ピンクのミスマッチ。それに、光っている。笑わない方が嘘だ。夏樹はアキラの肩に手をついて、もうだめ、と腹筋をひくひくと上下させる。
「そんなに笑わなくても」
しかしアキラは特に動じることもなく、淡々と手で支えた蛍光ピンクの剛直を夏樹の入り口に押し当てた。
「ははは、って、えっ! あぁっ!!」
笑うために口を開けていたせいで、衝撃をハッキリと声にしてしまった。裏返る声が甘く響いて、一気に笑いなんて忘れてしまう。じりじりと奥に入っていくアキラの熱いそれは凶悪で、立ったままという体位ではいつもの場所に当たらなくて、夏樹は快楽よりも支配する痛みに喉を反らした。
「あ、あぁっ、や、いたい、……っ!!」
「もう少し我慢してくれ」
「やぁ、むりぃ……!」
腰をかがめて突き上げるような体勢のせいでアキラも苦しいのか、切羽詰ったような声が耳元で聞こえて、夏樹の熱は一気に膨らむ。浅黒い肌がすぐ側にあって、夏樹はついその首を引き寄せて背中に爪を立てた。
「う、っ、……ふぁ、も、浮く、からや、だ……」
全てを夏樹の中に入れてしまった身長の高いアキラが曲げている足を伸ばすと、夏樹は床に残っていた足を背伸びするような形になって、もう少しで浮いてしまいそうだった。不安定な体勢が恐くて、しがみつくように腕の力を強める。
「こういうのも楽しいな」
「何いって、っあ!」
急に腰をかがめて引き抜いたアキラに夏樹は翻弄される。そんな風に夏樹の余裕を奪いながらも、楽しいだなんてことを言い出すアキラは夏樹には全然掴めなくて、けれどその体だけはしっかりと掴めるから、何だか不思議だった。
好奇心に負けて下を向けば、光っているものが出たり入ったりしていて、あぁ、なんか馬鹿みてぇ、と、ぼんやり考えたのだった。





「ねぇねぇユキ〜これ使っていい〜?」
「ダメだって言ったらやめるのか?」
「やっめなーーーーい!!!」
「じゃあ聞くなよ……」
ハァ、と大げさなため息を吐いた。昼休みに危惧したことはもちろん99パーセントの確率で実行され、残り1パーセントに賭ける気すら起こらなかった。蛙のように仰向けになって腰に挟んだ枕で体を支えるユキに、ハルはその足の間で爛々と目を輝かせている。その傍らには外国製なのかよくわからない奇抜なパッケージ。眩暈が止まらない。
祖母はとっくに寝静まっている。静かにしろよ、と小さく呟きながら、ちらりとコンドームを眺めた。せめて変なやつにしないでくれ! と思ったけれど、普段から使っているものもアキラに説明していた香りつきや奇抜な色をしたものばかりなのだ。それならばどっちも変わらないか、と諦めた気持ちでハルの方を向き直って、ユキはそのまま完全に硬直した。
パソコンをつけっぱなしにしているせいで薄ぼんやりとした視界だが、こんなにも近くにいるハルの体くらいはそれなりに見える。いっそ見えなければよかったとユキは思った。ハルの体の中心にあるそれはもうコンドームで包まれていて、そしてそれは、驚くほどグロテスクな色をしている。
クリーチャーや宇宙人が身に纏っているようなどどめ色。どうしてこんな色で作ってしまおうかと思ったのか、製作者はリア充が憎い童貞なのか? なんて、ユキがくだらないことを考えている間に、すっかり準備を整え終わっている入り口にそれがノックする。
「ねぇこれ、サイインザイ? 入りなんだって〜!」
「へ……? え、っ!! ウっ、おま、急に入れんな……!」
「ゴメンゴメン」
えへへ、と笑うハルとはムードもへったくれもない。いつもこんな風にふざけ合う延長上でしかないセックスをしていた。
でもユキはハルが真面目な顔をしていることは想像できなかったし、されたら笑ってしまうかものすごくテンパってしまいそうだったから、悪態をつけるくらいがちょうどいいと思ってしまうところもあった。
「ていうか、さいいん……ざい……催淫剤!?」
手元にスマートフォンはないので脳内データベースで検索した結果によれば、それは、とてもよくないものなのではないだろうか。慌ててハルを止めようにも、それはもう入ってしまっていて、そうすればユキだって我慢なんてできなかった。
「いつもと違うー?」
「え、そんなの、わかんな……ううっ!」
ハルはユキのいいところを熟知していて、こんなことばっかり覚えてどうするんだと一度言ったら大事なことだよと珍しく怒られた。そこで怒るのもどうなのと思うのだけれど、ハルに取っては真剣なことらしい。
だから、だからなのか分からないけれど、それはいつも通りの気持ちよさで、つまりユキはすぐにコンドームのことなんてどうでもよくなった。
「も、っと……おく、……」
足りなかった。深い飢えはもしかするとそのコンドームのせいだったかもしれないけれど、それはもうどうでもよかった。その薄いパッケージはハルと自分を繋げても隔てるものだったから、いらない、とさえ、思ったことが、ある。あるのだ。口には出したことがないけれど。
「ユキ、好きだよぉ」
ハルは甘い口づけで直接、ユキの唇に触れた。深く舌が絡み合って、ああ。直接ふれてる、とユキは思った。




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