ハルはよく泣く。
その涙がユキの顔の上に落ちてくるのにはもう慣れてしまった。波打つシーツに背をつけて、ユキはいつもハルを見上げる。時折見下ろしたり振り返ったりもするけれど、お互いにあまり知識もないので風変わりなことはほとんどしなかった。
「ユキ、ユキぃ……」
心底気持ちがいいと言ってハルは男にしては可愛らしい声で泣いている。ユキは、痛みと快楽がない交ぜになって呻いているというのに少しずるい、と思う。
「ハル……」
それでも小さく答えてやる。あまり黙っていると、痛いのかとか、気持ちよくないのとか、そういう恥ずかしいことを聞かれることは過去の経験で知っていたから。
ユキの部屋のベッドは二人分の重みを受け止めることに随分と慣れてしまっていて、大きな音を立てることはなかった。ベッドの上にある小さな読書灯だけを灯して、それを天井に向けて、薄ぼんやりとした部屋の中。部屋の電気は消しているしカーテンも引いている夜だから、ハルの表情は目を細めてギリギリ見えるくらいだった。ハルからも同じように見えているのだろう。きっと。
(宇宙人だからわかんないけど……)
ハルは宇宙人で、ユキは地球人だ。自分が地球人だ、なんて認識することは初めてだった。ユキは四分の一は日本人ではないから、そういう認識をすることはあった。けれど、ハルの概念で言うと地球人はみんな同じで、半分とか四分の一とかそういうことは関係なくなるので、いいな、と思っている。
「んん、もうちょっと、動いてもいーぃ?」
「……う、ん」
ユキよりもよっぽど細い腕でユキの足を抱えて、体を動かすハル。変だな、とユキは思う。いつも変だな、おかしいな、という気持ちと、そんなことどうでもよくなってしまうほどの快楽にない交ぜにされて、ユキの理性は簡単になくなってしまう。それと同じタイミングでハルは動きを激しくして、ユキは反射的にシーツを握る手に力を込めた。
「ハ、ル……、もう、っうう」
我ながら色気も何もない声だと思いながら、無意識にぎゅっと瞑っていた瞼を上げる。すぐ近くにいるハルの顔は、上気して気持ちがよさそうだ。水の中にいるときと同じ、とハルは言っていた。それは濡れているということなのかと思って最初凄く恥ずかしくなったユキなのだが、ハルに言わせるとそういうことではないらしかった。
水の中もユキの中も、気持ちいい。
そんな恥ずかしいことを普通に言ってしまうから、ユキは宇宙人って訳分かんねぇ、と思うことしかできない。それを伝えることは、こういう時間の時は野暮なんじゃないかと思って一応言ったことはなかった。けれどきっと、悟られているような気はしていた。
「ユキ、気持ちいいよぅ……」
ハルは限界が近いのか、うっすらと涙を滲ませながらそう言って、ストロークは激しくなった。ユキは揺さぶられながらハルの頬に手を伸ばしてみる。ぐらぐらと揺れる視界でぼやけるハルの顔は、揺れる水の中から日の塊を見ているみたいだった。
いつも来る衝動がユキを襲う。ふわりと浮かんだような気がして、ユキは水の中にいる魚になったような気分に陥った。絶頂が近い、合図でもあった。ユキの体はあつくなって、熱の放出を求めている。
(何か、こわい……)
ハルの顔がぼやけて見えない。懸命に伸ばした手のひらは、それに気づいたハルに取られてようやくその頬に触れた。
指先がなぞるハルの目尻は、ひやりと冷たい。濡れた肌はつるりと滑って、離れないようにユキは懸命に掴んだ。耳に小指が絡むとハルはくすぐったそうに笑う。その瞬間、急に視界がクリアになったような錯覚がして、ユキも無意識に笑った。
「ユキ、気持ちい?」
「……うん」
「僕も、気持ちいい」
視界の中にはハルだけで、ハルがそんな言葉を言うもんだから、ユキはもうハルのことしか見えないような気がして恥ずかしくなった。痛みはとっくに気持ちいいばかりになっていて、それも恥ずかしかった。恥ずかしくてもうハルしか見えなくて、ああ、これが盲目ってことなのかなとユキは泣きたいような気持ちになって小さく呟いた。




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