覆いかぶさってきた夏樹はさっきからまるでお気に入りのおもちゃを離さない子どものように加減を知らない力でユキの腕を掴み、キスを続けていた。
これ以上ないほどに密着し合い、お互いの腕や足を絡めて、それでも足りないというように唇を触れさせ、舌を絡め合っている。
「なぁ、次、どうすんの…ん、っ」
夏樹はがまんがきかないような声音でそう呟いた。さっきから稚拙なりに深くなっていった口づけだが、それ以上なんてユキの辞書にはもちろん存在しない。あたまがぼうっとするような深い口づけに酩酊した頭を必死に動かしてみるけれど、頭の中を洗いざらいして結局浮かんだ言葉はわからない、だった。
「そんなの、わかんな…」
それをただそのまま伝えれば、眼鏡をかけたままの夏樹はガラス越しに不満げな視線を送ってくる。しかしわからないのは夏樹だって同じじゃないか。納得できない気持ちを抱えながらも、また頭がくらくらとするような口づけが欲しくなって、ユキは夏樹の首筋に腕を回した。
じっとりと汗ばんだ肌が擦れ合って、それに夏樹は興奮しさまったらしい。性急に目蓋を閉じると、またユキに覆いかぶさってきた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しくなって、腕をずっと夏樹の首に回していると段々腕が攣ってきて、ぱさりとシーツに落ちた手を合図に夏樹が少し身じろぎし、角度をかえたことによって口づけがこれ以上ないというほどに深くなる。
「んん、う、」
唾液の絡まる音と一緒にユキの唇からは嬌声に近いものが出るが、女の子のような甘い声はもちろん出ない。漏れているのは平均的な低さの男子高校生のそれだ。
夏樹はこんな声で大丈夫なのかと心配になってふと瞼を上げた。顔の間でもみくちゃにされた夏樹の眼鏡越しにその顔を見る。しかし目の前にある眼鏡のレンズが先を歪めて映して、ユキには夏樹の顔が見えなかった。
それが何だか悲しくて、ユキは気持ちよさに力が入り辛い腕を賢明に伸ばして夏樹の頬に指先を添えた。夏樹はそれに気づいたようだが、キスに夢中なのか何かを言ってくることはなかった。だからユキはそのまま夏樹の眼鏡を額の方へ上げてみる。
そうするとようやく夏樹の顔が見えて、ユキは閉じられた瞼やすっと通った鼻筋や、緩いカーブを描く頬をじい、と見つめた。
「なんだよ」
しかし眼鏡を上げたことで集中していないのかと思われたのか夏樹は瞼を上げてしまい、しかも顔を見ていたのがばれてしまった。
更に夏樹はキスを邪魔されたことに不機嫌になってしまったのかけんか腰の声を上げて、ユキは反射的に萎縮してしまう。
「なんでもない、……ごめん」
なんとか夏樹の怒りを逸らそうと、ユキは夏樹の頬の辺りに触れたままだった手を首の後ろに持って行き、引き寄せた。歯がぶつかりそうになる勢いに夏樹の体勢が崩れ、ぎゅっと体が密着した。夏樹の体はあつかった。
「あちぃよ」
しかし夏樹から同じことを言われてしまって、ユキはなんだか恥ずかしくなって腕を離したら、離すなと言われて慌てて夏樹にしがみついた。
夏樹はあついあついと言いながらも、もっと体をくっつけてきて、この先が分からないことなんてどうでもよくなってしまった。




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