ハルがケイトの見舞いに行くと言ったとき、ユキは内心ラッキー、と思った。
夏休みも中盤に入ったということで、夏樹とも一緒に三人でユキの部屋で夏休みの宿題に手をつけていたのだが、そう言ったハルがいつまで経っても終わらない大量の課題に飽きたというのは明白だった。正直のところユキも課題には心底飽き飽きしていたけれど、自分はまだやるからという風を装ってハルを送り出した。
「仕方ないなハルは」
「まぁ夜にでもやらせるよ」
「厳しいな」
はは、と夏樹は笑いながらも数学の質より量の計算式を解いていくのに執心しているようだった。ユキは夏樹は宿題飽きないのか、すごいなぁと思いながらその下向きの顔を見つめる。少し伸ばしすぎの黒髪に、黒縁の眼鏡。その下の日に焼けた肌。Tシャツの襟ぐりから見えるその向こう。ごくり、とつい唾を飲み込んでしまう。
「どうした?」
「え、ええっ、い、いや、なんでも……!!」
「そ? ユキも宿題やんなよ。終わんねぇよ?」
「あ、うん」
夏樹に促され、ユキは夏樹の向かい側に座り直す。胡坐をかいている夏樹にならって、同じように足を広げて曲げる。目線の先にあるシャーペンを握る夏樹の指先は、日にやけているところとそうでないところがあって、何だか妙な気持ちになる。
「どうしたんだ?」
ユキの邪な視線の意図に気づかないのか、夏樹は眼鏡を指で押し上げながらごくごく普通に問いかけてくる。座るだけでいつまで経っても宿題に向かわないユキに訝しげな顔をしてくるのは当然だった。けれどもうユキは、取り繕う余裕すらなかった。
「な、なつき!!」
「うわっ、何だよ……」
机に手をつけてガタンと鳴らしながら体を乗り上げたユキに、夏樹はシャーペンを持ったまま後ずさる。夏樹の体が離れて行って、机に阻まれたユキはそれ以上進めない。それに気づいたユキは少しだけ冷静な気持ちが戻ってくる。
「あ、ご、めん……」
「どうした。何かあんのか?」
面と向かって問いかけてくる夏樹の声はまるで手のかかる兄弟を見るようなそれで、ユキはほんの少し切ない気持ちになる。けれど、その優しい声音を聞くのは好きだった。
その全くユキの意図に気づいてない様も、嫌いにはなれない。だから、ユキは勇気を振り絞って言うしかない。
「いや、その……えっと、その…………したい、です」
「……えっ、あ、そ……ういう」
語尾がたち消えそうな小ささのユキの声に、上ずった夏樹の声。静かな部屋に二人のしどろもどろな会話はハタから見たらどれだけ間抜けなのだろう。
夏樹はユキが言葉にしたことでようやく合点がいったらしく、真っ赤な顔をして小さく呟いた。そういうところもかわいいと思うともうどうしようもなくなってしまって、がばっと勢いよく立ち上がるとローテーブルの横を通って夏樹の前に座り込む。
握りっぱなしのシャープペンを奪って、代わりにその手に唇をつけた。
「夏樹、だめ?」
「…………だめとか……は、ない、けど」
「じゃあ、いい?」
きちんと言質を取っておきたかった。そうしないときっと、途中で本当によかったんだろうかと考えておろおろしてしまいそうだったから。それに、後でもし怒られても言質を取っておけば安心だという、ずるい考えもあった。
「いいけど……ハル、帰ってくるんじゃ」
「ばぁちゃんの所行ったらいっつも1時間以上は帰ってこないから」
夏樹の着ているうすっぺらいTシャツの裾に手を入れながら、首筋に顔を寄せる。夏樹はベッドの側面に背中をつけて、腕をおずおずとユキの背中に回した。あつい熱に引き寄せられて、ユキは夏樹と体を密着させる。
服越しに、あつい体同士が触れ合う。すぐにのぼせそうになった。
「あつい、ね……」
「だな」
空調は効いていない。窓は開いているけれど、ぬるい風が吹き込むばかりだ。流石にクーラーのスイッチを入れようと体を少し離すが、夏樹の腕に引っかかる。顔を見ると、額に少し汗をかいた夏樹はこちらをじっと見ている。
「いいよ」
クーラーなんていらないから離れたくない。そんな風に言っているようで。それだけでなんだかたまらなくなって、ユキはかぶりつくように夏樹の唇に自分のそれを触れさせた。歯がぶつかりそうなほどの勢いに夏樹は小さく笑う。それで小さく開いた唇に、ユキは舌を差し込む。
「……っん、ん、」
息が詰まるほどの性急さで舌を絡ませあう。あつかったから、夏樹の服を脱がしにかかった。薄っぺらいTシャツの向こうはもう裸で、唇を離した隙に子供の服を脱がせるようにめくり上げてしまう。
「ははっ」
夏樹は何が面白いのか笑みを零して、Tシャツを脱がせるのに協力してくれた。裏向きになったそれがフローリングにぱさりと落ちて、ユキは露になった夏樹の白い肌に釘付けになる。
釣りをする夏樹の肌は腕や顔、首筋までは焼けていても、その他はほとんど焼けていない。ほんのり焦げた肌とそうでない境目に指を滑らせると、夏樹はくすぐったそうに身をよじる。
「ユキ、お前も脱いで」
「あ、うん」
そんなことよりももっと夏樹に触れていたい。けれど、夏樹が脱いだのに自分が脱がないのはフェアじゃない気がして、ユキは体を離すと上に着ていたシャツを脱ぎ捨てた。夏樹はその間に自分のベルトを緩めていて、あぁ、俺がしたいのに、と残念に思う。
ベッドにのぼり、夏がけの中に先に入った夏樹を追いかけてユキもズボンを脱ぎ捨ててベッドに入った。夏樹の体はもうさっきよりもあつかった。夏のせいではないと感じた。これは、欲情をしているのだと気づいて、嬉しくなる。
「ユキ、あっちぃな」
「うん。でも、このまま」
「……うん」
もう一度かしこまって触れるだけの口づけから、深く舌を絡めて、手順通りに夏樹の上半身に触れる。たまには急に下の方に触れてみたいとも思うけど、初心者であるユキにそういう冒険はできなかった。夏樹もいつも通りの方が安心してくれるに違いないと思う。どちらも経験値は低いので、スキンシップの延長のようなもののほうがいいと、なんとなく感じていた。
夏樹の体に触れていると、押し倒されている夏樹もたまには自分も触れたいというようにユキの首筋や肩に手を添える。時折くすぐってきて身を捩るとなんだか楽しそうに笑われて、形勢逆転されては困るので、ユキは卑怯だと自覚しながら夏樹が弱い脇腹辺りに触れた。
「あっ、」
最初は気持ちがいいのかくすぐったいのかわからない反応をされるけれど、やわやわと揉んだり、手のひら全体で円を描くように愛撫すると段々夏樹の体から力が抜けていく。手を動かしながら何度も触れるだけの口づけをして、時折舌をかき混ぜて、唾液が唇から零れてしまうくらいになってようやく、ユキは夏樹の下着の上に手のひらを乗せた。じくじくと熱を生み始めているそこは、まだ柔らかい。指でつつ、と辿ると夏樹の体がびくん、と揺れた。
「なんかはやいね、夏樹」
「うっせぇ、黙ってしろ」
つい口に出せば悪態をつかれて押し黙る。けれど、こんな風にゆっくりと夏樹を攻略している間だけは、まだ余裕が持てる。夏樹の悪態も照れ隠しや悔し紛れだということが分かるから、水に溺れるような感覚も襲ってこない。
ふふ、と小さく笑みを零しながらユキは夏樹の中心を刺激した。柔らかなそこはユキが手のひらや指で触れていると、どんどんあつくかたくなっていって、夏樹の吐息は段々と荒くなっていく。そんな夏樹の余裕のない姿をもっと見たいと思って、ユキは夏樹の下着の中に手を入れて直接高ぶりに手を触れる。汗なのか先走りなのか分からないものですこし濡れているそこ。思わず小さく笑みを零すと、不満げに睨み上げられた。
「お前ばっか、なんかずるい」
「えっ、夏樹……」
夏樹はそう言いながら手を持ち上げ、ユキの中心に触れてくる。下着をつけていたそこはかろうじて下着が濡れてない、という位には興奮していた。夏樹に触れているだけでそんな風になっていることを知られてしまい、ユキは恥ずかしさで前が見えなくなる。
「や、だ、やめてよ、夏樹」
「いやだよ。だってお前も触るじゃん」
「だ、だって……」
夏樹に触れられると一気に余裕がなくなってしまって、押し倒しているはずなのにもう押し倒されてしまいそうな空気が漂って焦ってしまう。夏樹は楽しそうにユキのそこに触れていて、素直な反応を示すそこはすぐにあつくかたくなってしまった。
「ほら、もうこんなじゃん」
「やめてよ夏樹……」
夏樹に触れていたはずの手は声を抑えるために無意識に口元へと移動してしまっていた。気づけば膝立ちになって顔を隠すユキと、楽しげに上半身を起こしてユキに触れる夏樹という構図になっていて、これではどちらがどちらかわからない。ユキはそう思うと悔しくなって、けれどリードを取るなんてそういう器用なことは出来そうもなくて歯噛みした。
(あ、やばい……)
溺れる感覚がじわじわとやってきて、きっと顔はひどいことになっている。夏樹は下を向いているから気づいていないけれど、気づかれるのは時間の問題だ。
(その前にどうにか、どうにかしなきゃ……!)
夏樹はこの顔が好きではない(というか、こんな顔好きな奴はいない)だから見られてしまえばきっと白けてしまって、なかったことになってしまう。それは嫌だった。
(思い出せ、魚を釣り上げるみたいな……感覚、)
夏樹を獲物だと思えば、と、我に返ると訳の分からない思考回路で、ユキは必死に力を振り絞って夏樹の肩を掴んだ。何だ、と呟いた夏樹がユキの顔を見る前にがばっと勢いよく抱きついて、そのまま夏樹の体ごとベッドになだれ込む。
「うわっ!」
「ご、ごごめん」
「あはは、何焦ってんだ、ユキ」
何もかもばれてしまっている気安さで、夏樹は仕方ないように笑ってユキの頭をふわりと撫でた。その途端頭まで沈んでいた水がすうっと消えていくのを感じて、ユキはほっと息をつく。
「お、俺に……させて。夏樹を気持ちよくしたい、からっ……!?」
言い終わりかけた時にぎゅう、と夏樹に羽交い絞めにされてユキはバランスを崩す。夏樹の体の上に思い切り体重をかけてしまい、慌てて体を起こそうとするけれど、力が強くて起き上がれない。
「……夏樹?」
「うん、ユキ」
耳元で囁かれた声は優しくて、でも何かを期待するように濡れていて、これ以上翻弄されたら夏樹に溺れてしぬ、とユキは思った。




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