1st Kiss(ハルユキ) 「うっ、っ……」 「ユキ、苦しい?」 矢継ぎ早に続く口づけに息をするタイミングを掴めなくなった俺は、のしかかってくるハルの細っこい体をつい押し返してしまい、そうするとハルは小さく唇を離して首をかしげた。 押さえつけるだけの口づけなのに、こんなにたくさん渡されるとどうしていいか分からない。 「もうちょっと、ゆっくりしろ」 「うん」 睫同士がぶつかりそうなほど近くでハルは笑い、また顔が近づく。 ハルの瞼がゆっくりと下りていくのを見つめてから、つられるようにそっと瞼を落とした。 チカチカと光の粒子が一瞬浮かんで、そのあとは暗闇になる。その間にハルの唇が触れた。ハルのそれは、いつもリップクリームでも塗っているかのように濡れている。ぬめった魚のような冷たい唇は、俺のあつい唇と触れてどんどん境目がわからなくなる。 触れるだけのそれ。少し離れてはまた触れて、ゆるゆると顔を動かされて、刷り込むようにハルの味が唇から伝わってきた。舌を絡ませるようなキスは、ハルには教えていない。教えていないから、ハルはこれが最大の親愛表現だと思っている。 「ハル、もっと」 「うん!」 口づけの狭間でハルの頬に手を添えれば、冷たい曲線はこれ以上ないくらい嬉しそうに笑った。かわいな、と思った。ついもっと進みたくなってしまって、あいている方の拳をぎゅっと握ってそれを堪える。 ハルに教えるということと、俺がそれを望んでいるということは全く同じ意味になってしまう。だから、俺はハルにそれ以上を教えない。 ------------------------------------------------------------------------- 2nd Kiss(夏ユキ) 「ユキ、目つぶれ」 「あぁぁっそうか!」 「ははっ」 肩を掴んできた夏樹の手の力が存外強くて、勝手に体が揺れてしまった。そして慌ててぎゅっと目を瞑れば、見えない視界の向こうで夏樹が笑っている。 余裕のある夏樹が恨めしくて、目を開けてぎっと睨み上げる。けれど夏樹と向かい合って座り、足を絡ませるようにして体を寄せている体勢では、何をしても甘えているようにしか見えない気がした。 実際夏樹はそんな俺をこっちが恥ずかしくなりそうなほど穏やかな瞳で見下ろしてきて、いたたまれない気持ちになる。 「な、つき。そんな見ないで……」 「やーだよ」 恥ずかしすぎて顔を手で隠せば、その両手首をぐっと掴まれ、取られてしまった。あぁ、と言う暇もなく夏樹の唇がその指先に触れた。 「!?」 爪先に温かい感触がして、信じられないと夏樹を見るよりも前に隣の指に唇が触れる。そうやって右手の指先を全て唇で触れられて、すぐに左手に移動して。 「な、ななつき!?」 「何か緊張してるみたいだから。落ち着いた?」 「……よけい緊張するんだけど」 「あれ?」 どきどきを通り越してどくどくと鳴る心臓を自覚していると、夏樹がさも不思議そうに首をかしげる。威力とか、そういうの、自覚しろよな、と、言いたかったけど、結局言うことはできなかった。 ------------------------------------------------------------------------- 3rd Kiss(ハルアキ) 「ふぅん、じゃあアキラは調査に来たの?」 「それ以上は言わない、JF1」 「なにそれ、かわいくない」 不機嫌な顔をするJF1、もといハルは手首をぐるぐると回している。まるで自由なのを見せ付けるように。確かに俺の手首はロープでぐちゃぐちゃに縛られていて、自由がきかない。だがそれは隠しているナイフを取り出しさえすればどうにかなる。それよりも、俺をこうやって縛り付けているハルの意図が知りたかった。こんな風にされる覚えはない。 「ハル。これを解け」 「いやだよー!」 先ほどとは一転、楽しそうに笑い出した得体の知れない宇宙人。年端も行かない子供のようでもあるし、もっと原始的な、動物のようでもあると思う。怖い、とは思わなかった。それは散々行った調査で毎日のように見つめていたからだろうか。 唾を飲み込めば喉仏が上下する。喉仏がないハルはそれを少し奇妙そうに眺めていた。 「それはまぁ、スキかな」 にっこり。クラスの女子が王子スマイルといっているその笑顔で、顔を近づけてきた。何か洗脳でもされるのではと目を見ないように瞼を落とすと、しかしハルが触れたのは喉仏だった。 しかも、唇で。 「え?」 「うわぁ動いた! キモチワ、ルイっ!」 いつの間にか目の前にあった黄緑色の水鉄砲の中身が飛んできて、俺の意識はブラックアウトした。 ------------------------------------------------------------------------- 4th Kiss(アキ夏) やめろ、と言う暇もなかった。 「っ! ん、……ふぁ、」 強引に引き寄せられた体は自分よりも背の高い体に吸い込まれて、気づけばその胸元に自分の肩を押しつけるようにされていた。さっきまでどうしていたんだっけ、と考える暇もない。強引に唇を割られ、舌が滑り込んできた。 釣りで日に焼けた自分の肌よりももっと濃い色をした男の舌は長く、弱い場所ばかりを知られている。 「どうした? もう降参?」 不敵に笑う男は口づけの合間に器用に話しかけてきて、ペースを完全に握られている俺はそれに反抗の言葉を吐くことすら許されない。 背中を撫でてくる手がやけに優しいのすら気に入らなくて、ギッと睨み上げたら笑われた。多分かわいいとか、そういう頭の沸いていることを思っているに違いなかった。 「かわいいね」 案の定、そんな風に言われて反射的に蹴りを入れる。予測されていたのか、当たりはしたが平然とした顔のアキラにイライラが募った。 「力、全然入ってないぞ」 にやにやと唇の端が笑っている男はそんな風に言って、悔しすぎてそれはお前の頭がぼーっとするキスのせいだよと言ってやりたかったが、そんなことを言えば嬉しがらせるだけだと気づいてとりあえずぎゅっと拳を握る。 「うおっ!」 なけなしの力を振り絞って鳩尾を狙えば流石に唇が離れて、思ったより入ったらしく痛みに呻いているアキラに溜飲をおろしたのだった。 ------------------------------------------------------------------------- 5th Kiss(ユキ夏) 「夏樹。キスしてもいい?」 やっと言ったか、と、何もかもがいっぱいいっぱいの恋人が口にした言葉に、俺はそう考えながら小さく頷く。いっぱいいっぱいは、正直なところこちらだって同じだ。 自分の家の前。夜。辺りの商店街はすっかり閉まってシャッターだらけ。別れ際。このシチュエーションを何度となく経験して、ようやく、ユキがその言葉を言った。ずっと待っていたとは、恥ずかしくて言えなかったけど。 壁に押し付けられた。分厚い壁の向こうではきっとさくらが宿題でもしている。けれど、音を立てなければ分からない。ちょうど窓からも死角になっているしと、そこまで考えたところであまりにも近いところにユキの顔があって少し焦った。 真剣な顔。般若と紙一重。今日はなってくれるなよ? と思いながら、小さく首をかしげる。それが合図になって、ユキは顔を近づけた。 瞼を落とす。至近距離で顔を見るのは恥ずかしかったから。そうして唇に触れる感触を待って、 1、2、3秒。 「……じゃあ、おやすみ、夏樹」 「………………あぁ」 恥ずかしいのか一つも顔を見ないままユキは帰路につく。呆然とした俺は、ユキが触れた自分の――頬に、手を当てた。 (そういえばフランス人……) いや、それは関係ないのか? ともかく、期待しすぎていたのはこちらだったと気づいて、なんだか恥ずかしくて思わず声を上げながらしゃがみ込んでしまった。 2012年05月23日 |