ウサギを追いかけて不思議な森に迷い込んだユキ。赤毛のふわふわとした髪にリボンを巻いて、エプロンドレスの裾が走るたびに翻る。

「あれ、どこ行っちゃったんだ……」

きょろきょろと辺りを見回すけれど、さっきから追いかけていたはずの金髪のウサギはどこにもいない。ふと我に返ると深い森の中は暗くて、じめじめとしていて、帰り道も分からない。段々とユキは不安になりはじめた。

「どうしよう、こんなところに迷い込んじゃって……。もうウサギなんて諦めて、早く帰って釣りがしたい!」
「お困りですか、お嬢さん」

ふとユキの頭上から声が聞こえ、反射的に見上げる。大きな木の太い枝の付け根に座っているのは、猫ミミを生やし、フォーマルなタキシードを着込んだ男。黒縁の眼鏡と同じ黒い猫ミミは口を開くたびにぴょこぴょこと動いている。仏頂面な表情と相反して何だかかわいい、とユキがふと考えてしまって、慌ててその考えを打ち消し声を上げた。

「ていうか、え、な、夏樹!?」
「いかにも俺は夏樹だけど。どうしたの、こんなところで。お嬢さん?」
「いや、俺、俺ユキだって……!」
「俺の知ってるユキは男だったはずだけど……?」
「そ、そうかこれは夢か……!」
「?」

ユキの合点の行ったような大声に、首をかしげる猫ミミ夏樹。ユキはなるほど夢かそうかそれならしょうがないな! と、勝手に一人で納得をしている。

「ところで、ウサギを探してるんだけど、俺」
「ウサギ。金髪の? それとも、……黒髪の?」
「え、黒髪のウサギもいるの? 俺が探してるのは金髪だよ。ていうか、ハルなんだけどさ……」

 ユキは最後に小さく言葉を続けて、しかしそれは夏樹には届かなかったようだ。小さく首をかしげながらも、夏樹は猫ミミをぴょこんと動かしてから、近くの木の根元にある穴に指を向けた。

「金髪ウサギならそこに入っていったよ」
「そっか! ありがとう夏樹!! ってここ、何かすごく深いんだけど……」
「でもそこに入っていったのは本当」
「そっか。あのさ、起きたら約束してた釣り、一緒に行こうな?」
「? よくわかんない」
「わかんなくていーよ。それじゃっ!」

ユキはいっせーの、と呟いてから、そのうろの中に足を滑らせた。夏樹はそれを見下ろして、何だかとても勇ましい少女だったとぼんやり考えた。

「あ、お茶会に行かないと」

誘いをかけてきた帽子屋が張り切ってお茶の準備をしていたことを思い出し、夏樹は森の奥深くにある庭園に向かう。タキシードからはみ出た尾が歩くたびにゆらゆらと揺れた。
そういえば手土産でも持っていった方がいいだろうか、けれど今からだと杏くらいしか取れないなぁ、とぼんやり考えているうちに足は庭園に到着してしまった。こうなると手土産のことはどうでもよくなってしまい、夏樹はまぁいいかと納得して腰ほどの高さの小さな門を潜る。

「――アキラはさ、いっつもそうだよな」
「そう?」

夏樹が向かう予定の場所から小さな話し声が聞こえる。夏樹は反射的に足を止め、そろりと先の道を覗き込む。聞き覚えのある声だった。

(もしかして……あ、やっぱり……!!)

庭園の真ん中には大きなテーブル。その上には皺ひとつない真っ白なテーブルクロス。クロスの上には甘そうなお菓子やティーポットがたくさん。ティーカップも、ティースプーンもそろっている。そして椅子も大量に置いてある。
けれどもそこにいるのはたった二人。夏樹の視線の先に、こんなにテーブルは広く、椅子もたくさんあるというのに隣同士の椅子に座っている男二人の姿が目に入った。
一人は頭にターバンを巻いた帽子屋の男。こいつが夏樹をお茶会に誘った張本人。だから、夏樹はこいつが一人でいるんだと思っていた。しかし男の隣にはもう一人男がいる。
帽子屋のことをアキラと名前で呼び、だらしない体勢で机の上に突っ伏しながらも、視線をアキラの方へ向けて上目遣いをしている、男。夏樹は頭を抱える。そいつが、苦手でしょうがない。

苦手というか、嫌だというか、存在を認めたくないというか。

そいつ――黒髪に黒く長いウサギの耳を生やした、黒縁眼鏡の男。その外見は、耳の差異を覗けば――全く夏樹と瓜二つだった。

「なぁアキラ。早く、……もう待てないよ?」
「宇佐美は我慢がきかないよな。でももう少し待って。スペシャルゲストが来ないとお茶会ははじめられない」
「えー、いいじゃん、あんなお堅い猫待たなくったって、俺が十分満足させてあげるよ?」

夏樹は、自分と同じ顔の、自分と同じ唇から零れる、自分では絶対に言わないような言葉が羅列される様を、耐え切れないという顔で睨みつけた。

「おい! テメェいい加減にしろよ!」
「あ、来た」
「夏樹、いらっしゃい」
「いらっしゃいじゃねぇよ帽子屋! なんでこいつがいるんだよ!!」
「呼んでないんだけどな?」
「いいじゃん、仲良くしようよナツキクン」
「うっせぇ宇佐美!!!」

優雅な仕草でお茶を飲んでいるアキラ。お茶会だと言っておきながらさっさとお茶を飲んでいることもイマイチ気に入らなかったが、そんなことよりも横にいる宇佐美の存在が、夏樹を冷静でいられなくさせる。ウサギだから宇佐美だと言うその男は夏樹の癇に障るような行動ばかりする。今も、必要以上にアキラに近づき、挑発するような視線を夏樹に向けていた。

「夏樹、そんなに怒るなよ」
「そうだよ、健康によくないよ?」

アキラの腕にぎゅっとしがみついてそんなことを言ってくる宇佐美。とろりとした黒い瞳は吸い込まれそうな暗さだった。その瞳の色や、表情。何を考えているのか夏樹は手に取るように分かる。分かるから、本当に嫌悪感でいっぱいになる。

――三月ウサギは気が狂っている。

自分と同じ顔の男がおかしいと、まるで鏡に映した自分がそういう行動を取っているように錯覚してしまい、夏樹はいつもいやな気持ちになった。今もまるで頭の弱い女のようにアキラの体にべたべたと触れていて、気味が悪い。夏樹は履き捨てるようにウザイ、と呟く。

「ほら、やっぱり待ってなくてよかったじゃん。なぁアキラ、猫はほっといて楽しいことしよ?」
「ん? うーん、そうだなぁ」

宇佐美の言葉にでれでれと笑うアキラに嫌悪感が増した。アキラは以前確かに夏樹が好きだと言ったのに、こうやって宇佐美の誘惑にいつも負ける。こんな男に告白されてときめいた馬鹿みたいだと、夏樹は唇を噛む。
しかしアキラと宇佐美はもう夏樹が見えていないかのように、べたべたと体をくっつけ合っている。
正確には一方的に宇佐美がアキラの膝の上に乗りあがっていったのだが、夏樹にとってはどちらでも同じだった。アキラがそれを拒否しない時点で。

「俺と一緒の顔してるのに、ほーんと猫は硬くてつまんないね?」
「俺はお前じゃない!!!」
「……俺だよ?」

にい、と笑う宇佐美は、確かに夏樹と同じ顔だけど、同じ存在ではない。違う、違う、と、夏樹はうわごとのように呟く。その間にも、宇佐美はアキラの体に手を這わせ、黒いネクタイを緩めていく。

「ねぇアキラ、触って?」

くすくすと楽しげに笑いながら誘う宇佐美に、アキラは抗わない。シャツにベストを着た宇佐美は自らそれを肌蹴させて、白い胸元にアキラの手を滑り込ませる。夏樹の目に、褐色の手が肌蹴た服の中に吸い込まれるのが見えて、目の前が真っ赤になるような感覚に苛まれた。

「ん、ぅ……」
「きもちいい? 宇佐美」
「うん、もっと、触って……」

自分と同じ声で自分が絶対に言わないようなことを言っているのを見せつけられる。何の悪夢かと夏樹は思った。
ならばさっさとここから逃げ出せばいいのにと思うのに、震える足はその場で崩れ落ち、そのまま芝生の上にべたりと座り込んでしまう。そこから立ち上がれる気はしなかった。目が、耳が、ずっと目の前の光景に釘付けになっている。

「あっ、ん、もぉがまんできない、アキラ、こっちも……」
「欲しがりだな、宇佐美は」
「っあ、んんっ……」

かちゃかちゃと耳障りな音と共に宇佐美のズボンは脱がされ、アキラの膝の上に再び乗り上げたときには、その下半身には何も覆われていなかった。アキラの黒いズボンの上に真っ白い足が絡んでいる。見たくなかった。その尻には夏樹のものとは違う、黒く丸い尾がついている。自分ではないと思いながらも深層では自分とアキラのそれと重ねていたことに気づいて、夏樹は目が眩むような気がした。見ていたくない。けれど、目が離せない。

「夏樹?」

芝生に座り込んだまま声も上げない夏樹に、アキラはいぶかしげな顔で見下ろした。宇佐美は、まるで興味がないという風に背を向けている。アキラが夏樹のことをかまうことすらどうでもいいかのように、アキラの手を自らの陰茎に押し付け、擦りながら甘い声を上げている。

「あ、……」
「夏樹、」

声に誘われるように立ち上がった。ふらふらと覚束ない足取りで、それでも名前を呼びながらあいている手をこちらに差し出したアキラに、抗えなかった。ふとこちらを見た宇佐美と目が合う。黒い双眸は、やはり快楽にとろけて何も映してはいなかった。
アキラの右手はすっかり濡れている。あいている左手で引き寄せられた。背中を撫でられる。ぞくぞくとして長く黒い尾がピンと伸びた。アキラはその根元をするりと指でくすぐった。そのまま中指の裏側が尾の裏筋をツッ、と滑る。びくびくと震える体は、節操がなかった。横にいるウサギの存在も忘れてアキラが欲しくなる。

「アキラ……っ」

帽子屋と呼ぶことも忘れて、夏樹はアキラの名前を呼んだ。宇佐美がアキラと呼ぶから、夏樹はその呼び方を徹底的に避けていたのに。そんなことはすっかり頭から飛んで、その指が体を這うのを待ち望んでいる。

「夏樹、触って欲しいところ、どこ?」
「ッ……!」
「言ってくれないと、分からないぞ?」

意地の悪い微笑みで、アキラは上目遣いに夏樹を見上げた。ちらりと下を見下ろすと、あられもない声を上げている宇佐美はいつの間にかずるずると芝生に膝をつき、アキラの黒いズボンに性器をこすりつけて喘いでいた。アキラの黒いズボンが濡れて汚れている。アキラの右手は宇佐美の髪に埋もれていた。何かと思えば宇佐美はアキラの性器を銜えていた。夏樹はごくん、と唾を飲み込む。

「……ここ」

宇佐美の頬の辺りに左足を割り込ませ、アキラの左膝の上に軽く体を預ける。そのままアキラの首に左手を回し、右手でアキラの左手を掴む。尻に触れていたその指を、長い尾の根元、その更に下の蕾に押し付けた。服の上からでも分かるほどそこは熱くなりかけ、少し伸縮していた。アキラはズボンの上からそこを何度か撫でた後、ズボンをずらしてそこに指を這わせる。

「んぁぁ……」
「夏樹はココ、弄られるの好きだよなぁ?」
「んにゃ、ぁ、好きじゃ、な……」
「鳴くほど嬉しいの? かわいいね」

至近距離で楽しげににやりと笑みを浮かべるアキラに、恥ずかしさでいっぱいになってしまう。伏せられた猫耳が震えているのも、ぴんと張った尻尾も、全て見られているのだろう。恥ずかしすぎてぎゅっと目を瞑ったけれど、ただの逆効果だ。すぐにキスを望まれていると思われ唇が塞がれてしまった。深い口づけに、夏樹は酩酊する。ぐらぐらと頭が揺れた。アキラの指が奥深くに入り込んでいることには気づいていたけれど、もう抵抗する気も失せるくらいに。
そこはアキラの指によってどんどん柔らかくほぐされていく。足元の宇佐美は限界が近いようで、アキラの陰茎を銜えたままくぐもった嬌声を上げている。その声が自分のものと交じって、ハウリングするように耳に響いた。頭がおかしくなると思った。

「も、ぉ、だめ、入れて……」

それはどっちの言葉だったかもう夏樹には分からなかった。気づけば前にある大きなテーブルの上に宇佐美が仰向けに寝転がっている。アキラに促されるままにその白い体の上に乗り上げた。立ち上がった性器が重なりあって、少し動くだけで裏筋がこすれ合い、声を上げてしまう。宇佐美を押し倒すような形になっていたけれど、宇佐美は特に抵抗もないようだった。そんなことよりも、夏樹が身じろぎするたびに気持ちよさそうな顔をするから気まずい。

「さてどっちに入れようかな、ウサギの宇佐美くんか、にゃんこの夏樹くんか」
「っ、変態、しね……!」
「アキラ、俺に……入れて?」

アキラの最低な言葉に正反対の言葉を上げた夏樹と宇佐美。目の前で宇佐美が楽しげに唇を歪ませる。俺の顔でそんな顔をするなと思っている間に、アキラは宇佐美の方に挿入したようだった。

「っあぁ! ん、ぁぁ! きもちいいよお……」

目の前でそんな甘い声を上げられる。夏樹はただただそれを見ているしかなかった。伸縮している蕾には空気が触れるだけだ。だって、アキラはひとりしかいないのだから。

「っ、は、ぁ……きもちいよお、アキラ……!」
「宇佐美は素直だなぁ」

楽しげな声が背後から聞こえて、夏樹はアキラに見えないからと盛大に表情を歪ませた。そうしたらそれを全て宇佐美に見られてしまった。宇佐美はにい、とまた笑って、夏樹の頬に手を伸ばして包み込む。

「えっ、ちょ、っんん!! な、っぁ、ん……」

引き寄せられて、深く口付けられた。アキラよりも薄い舌。しかしそれは普段の夏樹よりもよっぽど器用に動いている。深い口づけに絡まった眼鏡がカシャンと音を立ててティーカップの中に沈んだ。中に入っていた冷めたチャイ漬けになったふたつの眼鏡を横目に見ながら、夏樹はもぞもぞと体を動かす。ぴたりと裏筋が重なった夏樹と宇佐美の性器が擦れ合った。それが気持ちよくて、夏樹は重なった唇の端から声を漏らす。

「そろそろ夏樹にも入れてあげないとな?」

宇佐美に唇を塞がれているせいで、アキラに抵抗の言葉を吐けなかった。その間にアキラが夏樹の蕾に陰茎を擦り付けてくる。熱の塊のようなそれに夏樹の体はびくびくと震えた。ぴんと伸びた尻尾を掴まれて、それによって体の力が抜けた瞬間を見計らって、アキラのそれが入り込んでくる。
長い口づけに息苦しくなってぎゅっと眉根を寄せれば、宇佐美がようやく唇を離した。すっかり絡まってどちらのものか分からなくなった唾液がだらりと零れて、宇佐美の頬を汚す。夏樹はそれを無意識に舐め取った。ぴょこんと頭の辺りで宇佐美の兎の耳が動く気配がした。こいつは俺と仲良くなりたいのだろうかという言葉がふと頭をよぎって、しかしその考えはアキラが後ろから強く突いてくるせいですぐに飛散した。

「っあ、あぁっ…ッ、ぁア! もっ…っ、やぁ、あ、ぁぁあっ…!!」

容赦のない攻め立てに夏樹は言葉をつむぐことすら出来ずに喘ぐ声ばかりが零れる。アキラの動きにあわせて無意識に腰が揺れ、それが刺激となるのか宇佐美も恍惚とした顔をしていていた。
気が狂っていると、夏樹は思わずにはいられなかった。




2012年08月14日