突然だが俺の彼氏は変態だ。





「夏樹、起きたのか?」
真夜中と言える時間に規則正しくベッドで眠っていた俺の上に跨ってシャツを捲り上げ腹をゆっくりとまさぐっていたりする。指の感触がいつもと違って俺は瞬きをした。彼氏がいる時点で変態も同罪だと言われればぐうの音も出ないが人間一度や二度道を踏み外すことだってあるだろう。それにそれはその男の今の服装を知ってから言って欲しい。
俺の彼氏であり同棲相手であるアキラは自宅であるこのフラットに仕事で着たらしい服装のままで帰宅したようだった。夏樹の腹の上に広がるひらひらした布は何重にも重なっていてその上に重苦しそうな黒い布がスカート状に乗っかっている。いつもよりも細く見える腰は何か黒い皮の円柱のようなものでで締め付けているようだったし胸元には柔らかそうな膨らみまである。喉仏を隠すためなのか顔の下にふわふわとした布がそこを覆い隠していてどこをどう見ても女のような格好だった。手袋はレースで全体的に黒ずくめな上リボンにまみれている。ウイッグはさらりとした黒髪で、腰ほどまであるようだった。メイクはびっくりするほどに濃い。一瞬誰だかわからないほどに。
「な……に、今帰ったの?」
「うん」
小さく頷いたアキラからはむせ返るような香水のにおいがして俺は顔をしかめた。くさい。呟いた。寝起きで喉に張りついたような声はアキラに届いたらしく困ったように笑われる。
その笑顔が俺はきらいだ。
「ずいぶん奇天烈な格好だなぁ」
「潜入先がバンドのライブだったからな」
眠気でおざなりになりがちな語尾は甘えているようにも聞こえるかもしれない。少なくともアキラは今俺に警戒をしないようだった。たまに口調をきつめに問いかけるとアキラは面倒に思うのか問いかけに答えないことがある。守秘義務だ と。その言葉もきらいだった。
だから仕事については詳しく聞いても守秘義務で誤魔化されるからあまりきかないようにしていたけれどこれはどう考えても突っ込まざるをえなかった。だからバンドのライブだと聞けば何となく納得する。ベッドヘッドに置いた眼鏡を取ろうとすると嫌そうな顔をされたので手を下ろした。ついでにその腰に触れてみる。薄っぺらいアキラの体はそれでも脱げばしっかりと筋肉があることは知っていた。
「ふぅん」
客に宇宙人でもいたのかと思いながら小さく笑ってやる。にあってねぇなと。アキラはまた困ったように笑った。自分でも思っているらしい。
「目立ったんじゃないか」
アキラは180センチを越えているしいくら化粧で誤魔化しても細身でもやっぱりどう見ても男にしか見えない。そういう人間も少なからずいるだろうから日本よりはマシなんだろうか。そういう意味ではここがアメリカでよかったんじゃないかもしれないとぼんやり思う。手を更に伸ばしてウイッグに触れるとそれは思ったよりさらさらしていた。
「仕事だから気にしていなかった」
空ろな目と言葉が返ってくる。頬に手を触れさせたかったけど腹の上にいるアキラのせいで体を起こせない。アキラは動く気がないようでずっと夏樹の腹から胸の辺りに手を這わせていた。レースのざらざらした感触がきもちわるかった。
アキラがムチャな任務ばかり負わされていることにはずっと前から気づいている。年々憔悴していくアキラの顔を見るのはずっと辛いけれど俺には何も言えない。働くということは楽しいばかりではないともう知っているけれどやっぱりアキラと自分の職業は何もかもがちがう。
「ゴスみたいだな」
日本でもたまに見たけどこっちでもそういうジャンルがあるということは知っていた。たまに受けるガイドの仕事で学生と話すこともある。そういうとき俺はすっかりおとなになってしまったと思う。けれどアキラから見ればきっとまだ子供なのだろう。頼られないことは辛かったけれどどうすることもできない。向こうから来てくれない限り俺にはどうすることもできない。
「どうせクイーンビーにはなれない」
露出度的な意味で? そう呟いた声は多分アキラに届かなかった。自分の言葉に皮肉っぽく笑うアキラの顔は見ていられないほどに痛々しい。
「――でもお前を刺すことはできるぞ」
やめろと呟く声は喉に張りついて出てこなかったので俺はひとまず掴んでいたアキラの髪をそっと引っ張った。アキラは倒れこんできてそれは口づけになる。唇には紫に近い口紅が塗ってあったから苦いしむせ返るほどの香水が鼻をかすめてくしゃみでも出てしまいそうだ。
アキラが今日帰ってくることは知っていたし明日は休みだったからこのままセックスに雪崩れ込んだって構わなかった。さっさと満足させて脱がしにくそうな服を脱がせて化粧も丁寧に落としてやって一緒に風呂にでも入ればきっといつものアキラに戻るだろう。
「女みたいだな」
「女に犯される気分は?」


「反吐が出そうだよ」





だからはやくいつものきみにもどって




2012年09月19日