六太はひとりで来店したスーパーの野菜コーナーできゅうりを片手にうんうんと唸り声を上げていた。
買うつもりもない商品を無意識に手にとっては戻す、という不審極まりない行動をする六太。幸い店内には人が少なく、六太の怪しい姿はあまり人の目に晒されることはなかった。

(どーしよう)

時は数十分前に遡る。宇宙飛行士という職業につき、更には秘密の恋人同士という関係である弟の日々人に珍しく呼び出され、そこで聞いた話は六太の想像を絶する事実だった。
そのことに対して、兄として言葉はつくしたつもりだし、不安だってそこまで抱えてはいない。日々人ならやれると、そう信じているから。
だから六太が悩んでいるのは兄としてではなく、秘密の恋人として――つまり、日々人が心を許した特別な相手である六太が、なにをしてやれるか、ということだった。

(俺にしてやれることなんて、)

正直日々人が喜びそうなことなんて一つしか思い浮かばない。それは六太も分かっていたが、いざそれを実行する、となるとどう考えても及び腰になってしまう。六太はコロコロ状態寸前の自分を自覚して、慌てて首を振る。手に持っているものはいつの間にかトマトになっていた。赤い色をじっと見つめ、それを商品棚に戻す。

(悩んだって仕方ない)

むしろ六太は悩めば悩むほどドツボにハマってしまい、そこから抜け出せなくなるに決まっていた。自分との付き合いは長い。だからするべきことはスーパーの野菜コーナーの片隅でうだうだと考えることではなく、さっさと帰って寝ている日々人の腰の上にでも乗っかることなのだ。

(いや、それはそれで正しいとは思えない……)

結局六太が決心して自宅に戻るまで、一時間近くの時間を要した。





「たーいま、」

小さな言葉におけーり、の言葉はなかった。外から見てリビングに電気が灯っていないことは分かっていたから、六太はすっかり濡れてしまったズボンの裾に気をつけながら風呂場に直行する。
手早くシャワーのお湯にかかり、適度に準備を整える。その間ただ無心を勤めた。何かを考え出したらきっとそこで指が止まってしまい、そのまま腕が、足が、全て止まってしまって何も出来なくなるだろう。
意識的に手を動かしながらシャンプーをして、体を洗って、お湯を止めてバスタオルで体についた水分をぬぐう。そのバスタオルを頭から被り、くるくるの天然パーマをおざなりに拭きながら六太は洗面所を出た。最初から下着は身に着けなかった、一枚着ればそのまま全て着こんでしまうに決まっていたから。

長いバスタオル一枚を頭から被ってそろそろと廊下を歩く。飼い犬のアポはもう寝入っているらしい。今日は少し早いな、と思いながら、もうひとり随分と早い時間から寝室に引きこもってしまっている弟の部屋の前に立つ。気配を殺し、足音を殺したからきっと日々人は気づいていない。一応ぺたりと扉に耳をつけて、きっとベッドに転がっているだろう姿を想像しながら、そっと、扉をあけた。

部屋の中は予想通り真っ暗で、こんもりと膨らんでいる布団の中に日々人がいることは簡単に推察できた。起きているかどうかは分からないけれど、どうせ起こすんだから一緒だと考えつつ、扉をきっちりと閉め、ひたりひたりとベッドに近づいていく。

(よし、心を無にするんだ、うん)

音を立てずにベッドに上がることには成功しても、スプリングの揺れはどうしようもない。いい加減気づくだろうな、と六太は思いながらすばやく布団をめくり上げ、日々人の腰に左足を上げて跨る。

「ムッちゃん……?」
「何も言うな」

気配に顔を上げた日々人が六太のあられもない姿に目を見開く前に、六太はそう言って日々人の唇に指をそっと当てた。





***





気配にはそれとなく気づいていた。けれど、なんだか体を動かすのは億劫で、そのまま寝転がったままだった。もしかすると半分眠りの世界に足を突っ込んでいたのかもしれない。
だから日々人はベッドに乗り上げたのが六太で、しかもその姿がバスタオル一枚だけを頭から被ったあられもない姿だということに、しばらく気づくことができなかった。


「ムッちゃん……?」
「何も言うな」

言葉と共に唇に当てられた指は随分と温かい。シャワーを浴びたのだろうとぼんやり考える頭は、やはりまだ少し眠っている。

ムッちゃん、どうしたの?

言葉が口から出てこない。体が何だかだるくて、さっき発作も出たからそのせいだろうかと思う。六太は日々人の腰に足をまたがせ、そのままこちらに顔を下ろす。あぁ、ムッちゃんがキスしてくれる。日々人はそれが嬉しくて無意識に目を細めた。

「っんん、……ふ、っ、んぁ、」

くちゃり、と舌が入り込んで日々人のそれと絡む。六太が主導のキスなんていつぶりだろう。攻めているはずなのに気持ちよさそうな声を漏らす六太は、あまりにも性的で、日々人は段々と覚醒していく自分を自覚した。
無意識に伸ばした手が六太の体に触れる。そしてようやく、六太がその体に何も身に着けていないことを自覚して、大きくその目を見開いた。

「っ、む、ムッちゃん、どうしたの……?」

聞かなくてもなんとなく分かっていた。つい数時間前に日々人はPDであることを六太に伝えた。きっと兄として言った言葉とは別に、日々人の恋人として、盛大な覚悟と共にこの部屋にやってきたのだろう。慰め、というやつ。日々人はそう考えるとなんだかあまりいい気分にはなれなかった。いつだって日々人主導で何も仕掛けてはこない六太が自ら動く理由がそれだなんて、と思うと。
そう考えている間にも六太は性急に日々人のシャツをまくり、ゆるいゴムのパンツを脱がせ、下着も一緒にずり下げる。指先は震えていた。日々人は反射的にする体の興奮とは裏腹に、心がほんの少し冷えていくのを感じる。

「……、……け」
「え?」

ぼそぼとそいう声は、何を言っているかちっともわからなかった。日々人はだるい体を少し起こして、六太の口元に耳を近づける。暗がりでもわかる、あまりにも赤い顔。六太が何を言うのか、興味があった。

「だから、俺が……したいだけ、だよ」
「ムッちゃん?」
「お前は寝てていいから。俺がしたいんだから、俺の好きにさせろ」

そんなことを言うと、六太は日々人の肩を押して枕にその上半身を沈めさせる。ぼわん、とやわらかい枕に首を預けた日々人は、ぱちぱちとまぶたを上下させる。六太は真っ赤な顔をして、自分がしたいからさせろと言う。不器用すぎるその言葉に、思わず笑みがこぼれた。

「ムッちゃんがしてくれんの?」
「そう言ってるだろ。オメーは黙ってたらいいの」

あまりにも恥ずかしすぎるせいでぶっきらぼうな口調になってしまっているのが手にとるように分かる。日々人はさっきまでの気持ちがあっさり裏返っているのを自覚しながら、六太が唾をごくりと飲み込んだ後、腰を曲げて体をゆっくりと伏せていく様を、少しだけ信じられないような気持ちで見た。

「え、ムッちゃ、うぁ……」

萎えていた性器が生ぬるい壁に覆われる。這い蹲るようにして唇でそれをくわえた六太はそこをかたくするために、舌と指で性急に愛撫をほどこしはじめる。視覚的にも感覚的にもかなりくるその光景に、日々人は信じられないような気持ちで熱に浮かされていく。

(ムッちゃんがくわえてくれるなんて、一生ないと思ってた……)

日々人が六太の性器を舐めることはほぼ確実にセックスに含まれているが、その逆はほとんどというか、一度たりとてなかった。日々人は無理強いするつもりはなかったし、そもそも言ったことすらなかった。断られると確信していたから。

「んん、っ、ふぁ、……っ、ぐ、っん」

熱を生んで段々とかたくなり、大きくなっていくそこを愛撫する技術はあまりにも拙い。口に含んでもごもごと動かすだけでは六太の顎が疲れるだけだし、動きも単調で刺激にはならない。日々人は体を起こして六太を見下ろした。そして右手で六太の顎を掴み、そこから顔を離させた。

「な、にっ」
「ムッちゃん、最初は舌でさ、ここらへん、べろーって舐めて」
「っ!」

裏筋を舐めるように指を動かした日々人に、六太は最初文句を言おうとする顔をした。しかしすぐに思い直したのか、日々人に顎をつかまれたまま舌を伸ばし日々人のゆるく立ち上がった性器の裏筋に舌をくっつけ、顔を上下させる。

「ん……、うん、そう。きもちいよムッちゃん」

六太の顎をそろそろと撫でながら言えば、ぞわぞわとした刺激に六太の背中はふるりと震えた。四つんばいの格好で日々人の性器を舐める六太の姿は、できるならビデオカメラか何かにおさめたいくらいあまりにも貴重な光景だったが、そんなことができるはずもないので日々人はとりあえず忘れないようにとしっかりそこを見つめる。

段々慣れてきたのか動きが大胆になる六太に、いいよ、といいながら次は口に含むように指示した。六太はもう何を言うこともなくそれを口に含み、口内の柔らかな粘膜で日々人の性器を包み込む。時折舌先でくすぐったり、歯を当てたり、それは日々人がいつもやっている動作だ。日々人がそれを教えることなく六太がその行為をなぞっていることを嬉しく思う。
そしてそんなことを考えていたら、気づけば日々人のそこは限界に近づいているようだった。

「っ、ムッちゃん、もう出ちゃうから……」

離して、と続けるつもりだった言葉は六太がいっそう愛撫を激しくしたことで立ち消えてしまった。口から一旦離して舌先でぐりっと先端を弄ったり、また口に含んで今度は指で根元を強く上下したりして、日々人はその愛撫にあっさりと自身を解放する。

「っんん、……ふぁ」

六太の口の中に白濁が飛び散る。びくびくと体を震わせながら六太はそれを飲んでいるようだった。日々人はさすがに驚いて、無理矢理六太の顔を上げさせる。

「っ!」

暗がりでも分かるその表情を見た瞬間、日々人はつい生唾を飲んでしまう。日々人のものを舐める行為だけで興奮したのか、上気した頬に潤んだ瞳、もの欲しそうに半開きになっている唇に、日々人は耐え切れず自らの唇を合わせ、舌を差し入れる。

「っんん、ふぁぁ、っ、んん……っ、ひび、とぉ……」

六太は気持ちよさそうに口づけを受け止めた。ちらりと下を見ればまたかたさを取り戻している自分の性器の近くに、舐めただけで先走りを零しているはしたない六太の性器が見えて、日々人は笑みを浮かべて六太のそれに手を伸ばす。

「っあ、だめ、」
「何がダメなの?」
「俺が、する、からぁ……」

唇を引き剥がし、六太はそう言うと日々人の肩に両手を置いて膝立ちの状態になった。そして半立ち状態の日々人の性器に片手を這わせ、簡単にそれを再びかたくする。そのまま体をずらして挿入しようとする六太に、日々人は慌てて静止の言葉を吐いた。

「ムッちゃん、ダメだよ、慣らさないと、」
「……も、した」
「え?」
「……だから、風呂で、自分でしたから、」

もう準備は万端だと言わんばかりの六太は、我慢ができないように日々人の先端を尻にこすりつける。えろい、と日々人は無意識に心の中で呟いた。

(えろい、ムッちゃんえろすぎて俺もうすぐ二回目出ちゃうよ……)

六太の痴態と言っていいほどの積極性に、日々人はすぐに我慢ができなくなった。そう考えている間に六太は上半身を動かしながらちょうどいい位置を見定め、そのままゆっくりと体を落としていく。

「うあ、っ……ふ、く、っう……ん、っ、」
「ムッちゃん、大丈夫……?」
「心配、してんじゃねぇ、よぉ……」

俺の心配なんかするな、自分のことを考えろと言わんばかりの六太の視線。しかし日々人はこんなにえろいムッちゃんとかもう生涯拝めないかもしれない、と思っている訳で、なんだか伝わらないものだと日々人は自嘲気味に考える。

六太の気持ちは嬉しかった。けれど、それ以上に愛しい恋人にこんなことをされてしまったら、そのこと以外何も考えられなくなってしまう。

「、ムッちゃん、きもちいいよ、サイコー。……ありがと」
「っ、んん、もお、だまって、ろ……」

俺のことをたくさん考えてくれて。そして、きっと喜ばせようとこんな嬉しいことをしてくれて。感謝の気持ちを込めてにこりと小さな笑みを浮かべた日々人に、涙目の六太は途切れ途切れの声を漏らす。かわいくない言葉だったけれど、日々人にとってはストライクゾーンだ。にい、と無意識に笑みを深くする。

奥深くまで日々人の性器をくわえ込んだ六太は、日々人の膝の上に乗っているような状態で。つまり珍しく六太の顔が目線の上にあるということだ。愛しい顔を至近距離で見上げれば、六太は恥ずかしそうに目を細める。その表情が好きだと直感的に思う。

日々人は少し見上げるとすぐ近くにあるやわらかそうな唇に、お礼と、愛しているという気持ちを込めた柔らかなキスを贈った。




2012年07月19日